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「“変化”は恐ろしくも、寂しい」-オルタネート第五話感想-

小説新潮にて連載中、加藤シゲアキさんの「オルタネート」感想です。

個人的なことですが、前回(4話)の感想ブログに今までで一番スキを頂いて、とてもとても嬉しかったです!
決して上手い文ではないし、もっとスマートな方がいいのかなとか(今回も長いし)、感想文ってなんだろうと未だに悩んでいますが、「これはこれで一つの感想として有りかな」と、ちょっと自信が持てました。ありがとうございます。


では、5話の感想です。


14 確執


凪津ちゃん、母、男の3人で食事を取っている。
3人の会話文だけ見ると普通の風景に見えるけど、凪津ちゃんの心情からかなりこの男に対して嫌悪感を抱いているのが分かります。
黄色い歯を向ける。遠慮なく顔を近づける。デリケートな話題に遠慮なく踏み込む。
その部分だけでも、勝手ながら少し汚らしい印象を抱きました。イメージだけど、この男性は声も痰が絡んでガラガラしてそう。


ずっと謎だった凪津ちゃんのご家族について少し明らかに。
私の予想では、シングルマザーで、(凪津ちゃんと顔は合わせてないけど)今は付き合っている男がいるお母さんと思っていたけど、既にその男性は凪津ちゃん含めて同居している。同居の理由が、本来凪津ちゃんは特待生として学校へ入学するつもりだったけどなれなかった為、金銭的にその男の力を借りるべく一緒に暮らしているとのこと。


気になるのは、その男と母の間に多少の愛情があるのかどうか。既に婚姻関係にあるのか。
凪津ちゃんがあえて「男」と言っているから、もしかしたらもう義父なのかもしれない。けど、義父という事実を認めたくないのかも。

夕食を無理やり終わらせて自室へ戻ると、友達の志於李ちゃんから着信が。同じ学年の子が「ワンポーション」に出るとのこと。蓉ちゃんの後輩・えみくちゃんのことだ。
凪津ちゃんから見たえみくちゃんの印象は、一年生で一番髪が明るく、少し日に焼けていて、軽いメイクもしている派手な人。思ったことをそのまま口に出すから好きになれない人もいれば、不思議と人を惹きつける部分もある為、周りには誰かしらいるとのこと。
簡単な言葉で表すと、ギャルっぽいのかな。外見は私の予想と少し違っていてびっくり。真面目で頑固な蓉ちゃんと並んでいる姿が余計意外に見えてきます。

志於李ちゃんとの会話中、ノートと鉛筆を取り出し何かを描きながらも話題はオルタネートのことへ。
桂田くんとの一件以降、オルタネートをしていない凪津ちゃん。
あれだけ信仰し、自分の要素を与えて分身かのように育てていたのに…!一方の志於李ちゃんも、オルタネートを通じて付き合い始めた相手との新鮮さがなくなってきたとのこと。


会話中、凪津ちゃんは頭によぎった小さな鳥を描きます。それもうまくいかず、上から線を描き足していく。
これは鳥=オルタネート(凪津ちゃんの分身)を表しているのかなと思いました。線を描き足す、つまり情報をどんどん上乗せして、自分だけの鳥(オルタネート)を描いていくような。


新鮮味にかけてきたという志於李ちゃんに対して、「新鮮さが欲しい、逆に言えばそれは安定している。そのまま同じではいけないのか」「『ずっと一緒にいよう』と言うのに、安定すると変化が欲しいは矛盾している」と反論します。


その中で、彼女は父親を思い出します。
父からのプロポーズのメッセージが彫られた指輪を母は捨てられずにいること。父の記憶はないけど、母に罵声を浴びる声は今でも残っていること。
この文章から予想すると、やっぱり両親は離婚しているってことかな。それも、実の父はDVっぽい…。この経験があるからこそ、凪津ちゃんは余計に変化することに対して敏感なのかな。


描いていた鳥の下には、激しく荒れた海が追加されていきます。それはこれまでの”変化”を表しているように感じました。その上に鳥は飛んでいる。

そして、凪津ちゃんの次の台詞から、桂田くんに対してあそこまで嫌悪感を抱いた理由が少しわかりました。

「安定は安定で必要で、少しの刺激が欲しいとか虫が良すぎるでしょ。その刺激にだっていずれ飽きるくせにね」

「新しいものが好き」
今いる場所(安定)から色んな場所(変化)を生み出してくれるかもしれないと言っていた桂田くん。


凪津ちゃんにとって、安定しているのに変化を求めるところが嫌だったのかもしれない。前回、2人とも変化を求めていると思っていた(最初の方なんかは新しいもの好きの女子高生かと思っていた)けど、凪津ちゃんは寧ろ変化を恐れていて、とにかくしっかりと固まった安定が欲しいんじゃないかと気付きました。


それは過去、永遠の愛を誓った両親が離れたのを間近で見たのがきっと大きいんだろうと思います。結局愛だって変わってしまうと身をもって知ったから。
だから確実な”安定”をものにするため、オルタネートを使っているのかもしれない。自分の情報を与えて、絶対にブレない数字を出して、貴方はこうですと背中を支えてほしかったのかもしれない。


描いていた海にうねった波を描き足し、それから雷も描き足しどんどん禍々しくなっていきます。


どうやら桂田くんからは、あの後一方的に連絡がきているそうで。桂田くん、メンタル強くない?私ならもう連絡できない…強いのか、それか鈍いのか…。


志於李ちゃんからの「彼に復讐しよう」という言葉から、もう一度彼と話すことを決めた凪津ちゃん。復讐目的ではないけど、もう一度会ったらもやもやの原因がわかるかもしれないと思ったそうです。


最後に波を黒く塗りつぶし、完成した絵をエンゲクタルソムにアップしました。エンゲクタルソム…難しいカタカナが出てきたよ加藤先生…!!そしてアップとは。



テスト最終日。凪津ちゃんは河原の土手まで桂田くんを呼び出します。どこからか聴こえたホルンは、尚志くんと一緒に生活している女子大生のマコさんかな。高架下はお気に入りの練習場所だと言っていたし。
こういう風に、3人が間接的に繋がっているの面白いな。同じ時間が流れているけど、それぞれが違う場所で生きている感じがして。

再会し、初めて桂田くんと会った日からもやもやすること、その理由を知るべく今日もう一度会うことを決めたと話す凪津ちゃん。その言葉を受け桂田くんは、嫌な気分にさせてしまったことを謝罪してから、「伴さんが好きです」と切り出しました。


唐突すぎて凪津ちゃんだけじゃなく、私も真っ白になったよ。


今まで誰からもフロウされなかった彼は、初めて凪津ちゃんがフロウしてくれて嬉しかったこと。そこから見れる情報・SNSはすべて見て、次第に好きになったことを伝えます。
以前、相手より自分の方が情報を見せていて負けている気分になると凪津ちゃんが感じたことを、この時思い出しました。彼にとっては勝ち負けとかじゃなく、凪津ちゃんを知れる大切な情報だったんだなあ。


93%という数は凄いけど、オルタネートの相性なんて本当はどうでもいいと言う桂田くんに対して、直感じゃなくてデータに基づいたものしか信じたくない凪津ちゃん。桂田くんが自分を好きになったのはあくまでも感覚的なもの、そのきっかけは「初めてフロウされたこと」だから凪津ちゃん自身を美化しているんじゃないかと。


すると桂田くんは、スマホからエンゲクタルソムの画面を見せます。
エンゲクタルソムは、凪津ちゃんの使用している旧式ブログ(そのブログタイトル)のことでした。
ありますよね、今ではほとんど使われていないブログサービス…ブログではないけど、私が学生の頃は前略プロフィールが流行りまくっていました。


凪津ちゃんはそこで、名前を伏せて日々出来事を綴っていました。時に醜い言葉も使い、恐らくですが赤裸々に、正直に。桂田くんのことも、家族のことも。
古いサービスだから非公開設定が出来ないけど、あえてそのままそのサイトを使用していたのは”誰かに見てほしい”、”誰の目にも触れられない文章を書くのは虚しい”から。
この気持ち、とても分かります。私も他の誰かに見て欲しいし、聞いて欲しい。だからここで感想とか、いろいろ書いているんです…。


悪意が本物の悪になったような気がした。


桂田くんにバレてしまい彼を傷つけたと罪悪感というより、吐き出した本音の塊が悪になったことに恐怖する凪津ちゃん。
それでも桂田くんは誰にも言わない、伴さんは悪い人じゃないと言いながら、彼自身のブログサイトを見せます。「伴さんより、よっぽどひどい」と言う中身は見ないで凪津ちゃんはその場を逃げるように離れました。

桂田くんはブログを読んでどう感じたんだろう。
多少傷ついたのかもしれないけど、それよりも「自分と同じかもしれない」凪津ちゃんに安心感を覚えたんじゃないのかな。嘘偽りのない本音を見て、ますます好きになったのかもしれない。


2人の相性が93%なのも、「好きなものが一致」というよりも、そういった「人間の本質」が上手く一致しているのかな、なんて想像しました。これが遺伝子レベルの相性…。


途中たまたま通りかかった冴山さんとぶつかりながらも学校へ戻り、生物室へ。先生が前見せてくれた二又の猫、つまり”変化しないもの”を見て、凪津ちゃんは少しずつ落ち着きを取り戻しました。




15 結集


凪津ちゃんとぶつかった冴山さんの隣には、尚志くんがいました。
えっ、一緒にいるの??もうそこまで仲良くなったの??


土手で出会った日。自分が友達を追いかけて学校へ忍び込んだこと、そこで聴いたパイプオルガンに感動したと話し、また聴かせて欲しいと頼みました。冴山さん(以降、深羽ちゃん)は特に躊躇う様子もなく「いいよ」と言い、尚志くんは再びこの学校へと足を踏み入れました。


しかし、オルガンの置いてある講堂はアスベスト(身体に影響のある物質)が使われている可能性がある為、しばらくは使えない。
途方に暮れる尚志くんの目に、地面を歩く蟻が。「でかい」という尚志くんに対して「小さいおだんごみたい」という深羽ちゃん。物の見方の違いが表れているみたいで印象的だった。

音楽スタジオにあるキーボードを使い演奏してもらうことに。その道中、尚志くんはアスベストのことを考えます。
いいと言われていた物質が一転して悪者になってしまうこと。取り除く負担も大きいのに、どうして良いか悪いか明確じゃないまま使用してしまったのか。
その物質に自分自身を重ねる尚志くん。
一度塗ってしまった材料は戻らない。尚志くんも大阪へ戻ることも、ドラムを知らない頃にも戻れない。後戻りできない。
これまでの尚志くんは結構大胆に行動する人だなと思っていたけど、この部分を読んで少し見方が変わりました。彼も、立ち止まって振り返ることもするんだなと。

土手道を進むと、円明学園バスケ部がランニングをしてきました。尚志くんは深羽ちゃんを引き道から外れましたが、その集団の中にはやっぱり豊くんがいました。
本人からは下手だと聞いていたけど、深羽ちゃんから「彼のおかげでインターハイに行った」と教えてもらいます。


スタジオにつき、他のスタジオにいた自鳴琴荘の方とも合流し、一緒にピアノ演奏を聴くことに。自分以外の人(しかも初対面)がいてもいいか尋ねると、深羽ちゃんはまた特別嫌がったりせず表情も動かさずに「うん」と答えます。
尚志くんも言っていたけど、掴みどころのない不思議な子だなあ…ミステリアス。さっきの蟻を見た感想といい、そういった部分も尚志くんとは違くて面白い(尚志くんは表情が豊かなイメージ)


深羽ちゃんが弾いたのは「ジムノペディ」
クラシックに疎く、タイトルだけだと分からなかったのですが、曲を聴くと「これか!」と分かりました。調べると恐らく耳にしたことがある方も多いはず。ゆったりしていて、一音一音はっきりと存在感があるけど、どこか寂しくなる曲。なんだか彼女らしさを感じました。


今回も加藤シゲアキさんの「音」に対する表現に心底うっとりします。

メロディはみずみずしく、甘くて、そして一抹の心細さがあった。
一粒一粒の音の輪郭はくっきりしていながら、ふっと霞んではほどけるようになくなった。


加藤さんは音にしろ食にしろ、どう感じたかを言葉で表現する達人だなと毎回惚れ惚れします。選ぶ言葉の一つ一つに胸が疼きます。この感情にこの言葉を使っていいんだと、なんだか自由というのを教えてくれるみたい。
そしてそう感じた尚志くんの音楽センスにも脱帽。弾き終わった後どう感じたかを聞かれて「角生えそう」と答えたのも含めて。

そのまま自鳴琴荘で深羽ちゃんも一緒に夕食を取りながら、ピアノを始めた経緯、学園に入学した理由、彼氏の有無など話し打ち解けていきます。ちなみに彼氏はいないそうです。
面白がった坂口さんが、尚志くんとなぜ仲良くなったのか聞くと「面白いと思ったから」と答える深羽ちゃん。掴みどころのないミステリアスな美少女にそんなこと言われたら、私なら舞い上がってしまうな…認められたような気持ちになっちゃう。


夕食後、借りてきた「鬼火」を鑑賞する尚志くんたち。
この映画を見たことがないのですが、ちょっと興味が湧きました。今度見てみよう。そういえば、12月のタイプライターズで加藤さんがこの映画のチラシを買っていた気がする。


映画鑑賞の最中、マコさんがトキさんのことを視界の隅で見ていることに気付く尚志くん。尚志くんもまた、眠りそうになると深羽ちゃんを見ていました。やだ、めちゃくちゃむず痒い…!シェアハウスという空間の中で流れるモノクロ映画と、ジムノペディ…高校生の夜…いいじゃん…!!ドキドキしてしまう。


マコさんと一緒に深羽ちゃんを駅まで送り、別れ際連絡先を渡します。そうだった、尚志くんはオルタネート出来ないんだった(高校を中退している為)
「いつでも来てや」「そこに電話かショートメールして」という尚志くんに、深羽ちゃんはいつものように「うん」とだけ伝えます。これ、深羽ちゃんから連絡しない限り彼女との繋がりはなくなってしまうんじゃ…連絡くれるのかな…。

何も変わっていないのに、失恋したような気が続いているのは、『鬼火』のせいだ。


この一文を読んで、やっぱり映画を見てみようと思いました。




今回のタイトル、どうしようかと思いましたが、やっぱり凪津ちゃんの話が印象的だったので、変化について思ったことを書いてみました。私は何事も変化していくものだと思っているけど、先の見えない変化というのはやっぱり恐いし、同時にヒリヒリとした寂しさも湧き上がるなと思いました。


やっぱり凪津ちゃん、好きです。どうも人の醜さや脆さが見えるほど、その人を好きになってしまうのが私のようです。人間臭い人やキャラクターに惹かれてしまう。


今回は凪津ちゃん、尚志くんの話のみでしたが、2人ともこの先が少しぐらついて、続きが気になります。
もちろん、前回告白された蓉ちゃんも!


そろそろ頭の中で人物がごちゃ混ぜになってきたので、相関図でも書いてみようかと思います。

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