吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。⑪初彼女編その1

前回の記事

これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


筆者スペック

身長:160代後半
体型:やや細め
学歴:私立文系
職業:税金関係
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
MBTI診断:建築家(INTJ-T)

いままでのあらすじ

記事の順番と時系列が一部前後しているので、一旦整理をさせてほしい。

・ポメラニアンと映画デートをする(⑧恋活パーティー編その2)
・二週間後に再度デートの予定を立てる
・デートの一週間前に振られる
・本来デートのはずだった日に別の予定を入れる(⑩街コン編その2)
・そのまた一週間後に別の恋活パーティーを入れる(⑨恋活パーティー編その3)
・⑨の翌日←これが今回の話(⑪)

恋は盲目、然らば童貞は己の目を潰す

別に釣りタイトルではない。
だが、この記事を末尾まで読み終えても、俺は未だ童貞だ。

つまり、そういうことである。

”恋は盲目”という言葉がある。

ならば、俺は己の「彼女いない歴=年齢の童貞」という事実に焦るが故に、己の目を自ら潰したに等しいのだろう。

学びはあった。

だが、その学びを得た”だけ”の経験に、どれほどの価値があったのだろう?

供養の念を込めて綴らせてもらおう。以下をご覧いただきたい。

水を得た魚、デートを得た童貞

前回、街コンで出会ったギョーザ(25、看護師、愛想◎)とデートに漕ぎつけた俺は、都内のパンケーキのお店でお茶することにした。

ギョーザは結構アクティブな子で、予定の合間に俺との時間をねじ込んでくれたのだった。ならば、一分一秒たりとも無駄にはできない。

という、俺の懸念は杞憂に終わった。やはり前日にマッチングした超絶受け身女の蚊(⑨恋活パーティー編その3)とは大違いだ。お互いよく笑い、よく喋り、くだらない話で盛り上がれる程度には打ち解けたつもりだ。

ポメラニアン(⑧恋活パーティー編その2)との反省を活かし、盛り上がってきたあたりでお互いタメ口にしないか提案。快諾。胸を撫で下ろす童貞。

ギョーザには特に趣味らしい趣味があった記憶が無い。それでも話題には事欠かなかった。今となっては何を喋ったかも覚えていないくらいの、浅~い会話をずっと続けていたんだろう。もっとも、これにはギョーザ側の努力が多分に含まれているだろうが…。

俺は、ポメラニアンとのデートの際は、「何を喋るべきか」「どう答えるのが正解なのか」ばかりを考えながら話していた。その結果、間が空いたり返答に窮したりして、会話のテンポがおろそかになってしまった。

俺が気にしていたようなことは所詮二の次で、結果として盛り上がれば話題も返答も何でもいいのだろう。極論、盛り上がるのなら目の前を飛んでいる羽虫の話題だっていい。(実体験)

そして、おもむろに腕時計を見る俺。

俺「ねえ、予定あるんでしょ?もうそろそろ出た方がいいんじゃない?」

ギョーザ「あっそうだ。ありがとう!あっという間だったね」

俺「次はもっと長めのお出かけがしたいな。〇日とか空いてる?」

偉い!!「よかったら」を枕に付けなかったな!!

ギ「いいよ!私〇〇行きたい!」

約束を取り付けた俺は、水を得た魚の如く、ウッキウキで帰宅した。

童貞、震えて眠る

しかし、デートまでの期間は本当に苦痛だった。

ペアーズの件がある。ポメラニアンの件もある。

ウキウキだった俺でも、一度我に返れば「ギョーザも直前になって会えないとか言い出すのでは?」と疑心暗鬼の蟻地獄から抜け出せない。

相手を信じられないのもある。だが一番辛かったのは、相手の興味を失うのではないかと、自分自身を信じられなかったことだ。

「そういうこともある」「とにかく場数を踏むしかない」と頭では理解しつつも、俺の心は、痛みに慣れるには若すぎた。

だが、その日は来た。来たのだが…。

童貞をいざなうハーメルンのギョーザ

前日のLINE。

俺「お疲れ様!明日の予定は大丈夫そう?」

ギ「急にオンコール(病院や看護師が常駐していない施設で緊急時に即座の対応ができるよう待機する勤務形態)になっちゃって、近場から動けなくなっちゃった!〇〇駅周辺なら!」

俺はここで気づくべきだったのだ。いや、正確には気づいていた。またしても心の表層に突き刺さった、小さな小さな違和感の針。

俺はまた針を抜かなかった。

「会えるならいいか」と。会えさえするなら勝ち目はあるだろうと。

当日、俺はギョーザと会った。

駅ビルのカフェでお茶をする。ギョーザの都合で急遽予定変更することになったため、ギョーザの方から店を探してくれていたのだ。そういう筋は通してくれる子だった。それが余計に針を抜く気を失せさせた。

そして。

俺「いつまでオンコール状態なの?」

ギ「〇時だけど…ここまで来たらもう呼び出しかからないでしょ!もう知らん!普通にネイルとかしてきたし!」

俺「そういえば、前会った時とネイルの色違うよね」

ギ「青と水色だよ!?そんなところまで見てくれてるの…」

俺「…で、どうする?これから〇〇行っちゃう?」

ギ「うん!行く!」

ここで誰もが考えるだろう。「これは勝ったな」と。
それが破滅への入口だとも思いもせずに。

俺とギョーザは、夕方の…もう名前出しちまうか。中華街で食事を採り、陽が沈みかけくらいの時間に山下公園へ赴いた。

ベンチに座る。二人の距離は近い。

──なんかカップルばっかりだなここ。

当たり前である。

間抜けな感想を抱く俺と、横にいる男がそんなアホだとは知る由もないギョーザ。

とりとめのない会話が続く。
やがて周囲の雰囲気に呑まれて、二人静かに黄昏る。

俺「いい雰囲気だな」

ギ「うん」

俺「……」

ギ「……」

俺「ひ……氷川丸……(意味不明)

ギ「ケツアナゴ(筆者)くん、こうやって横から見るとすごい映えるね。言われたことない?」

俺「ないよ……こうやって女の子と横に並んだことないしさ」

ギ「じゃあ、私が撮ってあげる!(言うが早いかスマホで撮影するギョーザ)」

俺「おいおい……(と言いつつ後生大事にLINEのアイコンにする俺)」

ギ「あはは」

俺「とは言え、俺だけ撮ってもらうってのはなあ。俺もギョーザさんの撮ろうか?」

これは俺なりの賭けだった。嫌がらないならもう完全に心が傾いているはずだ。(いや、もう十分だろ!?と思うそこのお前!童貞ってのはそういう生き物なんだ。特にアラサー陰キャ童貞はなあ!)

ギ「えー、恥ずかしいんだけど…(満更でもない)」

俺「ホラ、撮れたよ。k……可愛いじゃん(言い慣れていない)」

ここで誰もが考えるだろう。「これは勝ったな」と。
それが破滅への入口だとも思いもせずに。

完全に陽が沈む。

薄暗い空。

波の音と、わずかな人の話し声。

今この場にいるのは、俺とギョーザだけなのではないかと錯覚するような雰囲気。

──つっても、これまだ二回目なんだよな…。

妙なところで誰が作ったかも分からないセオリーに律儀に乗ろうとする糞馬鹿野郎は、三回目の予定を取り付けようとした。

俺「もうこんな暗くなっちゃったねー、そろそろ引き上げ時かもね」

ギ「そうだね~、お互い明日仕事だもんね~」

俺「……」

ギ「……」

俺「ねえ、また会いたいんだけど。来週空いてる?」

ギ「……」

急に重苦しい沈黙が流れる。

──あれ?ここまでやってこの子もポメラニアンコースか???

ギ「…」

俺「…?」

長い長い沈黙の後、意を決したようにギョーザは口を開いた。

ギ「私ね、副業やってるの。美容系の。上京してきたのが最近だから、ほんと日は浅いんだけど」

俺「(へえ~この場合事業所得かな?業務に係る雑所得かな?事業なら赤字が出たら給与と損益通算できるよね。帳簿つけてるのかな?というかそんな所得出るのかな?開業届は出したのかな?青色申告承認申請書は出したのかな?というかふるさと納税が何かも知らん子がやってるわけないか。いやンなこたぁどうでもいいんだよ)……」

緊張を誤魔化すかのように脳内で超高速で職業病の発作を出した俺をよそに、ギョーザはポツポツと言葉を繋ぐ。

ギ「本業は定時で帰れるけど、その分副業とかが仕事終わりにあったり、土日に急に入ることもあるの。だから、あんまりケツアナゴくんが思ってるほど会えないかもしれない。私は…会いたいんだけど…その…ケツアナゴくんのこと好き…だし…」

おい馬鹿童貞!!やめろ!!今のは幻聴だ!!

「聞こえたぞ!俺のこと好きだって言った!!」

いや確かに言った!!確かに言ったが!!

「俺のことを好きって言ってくれたんだぞ!!」

そりゃ嬉しいよな!!女の子相手なら、誰に言われたって嬉しいよな!!

「実際に言ってくれたのはこの子一人だぞ!!」

そう思うよな!!生まれてこの方言われたことないもんな!!

「そうだ!!今後誰が言ってくれるかも分からないんだぞ!!」

だがな!!釣られるな!!そんなものに!!

「今ここでアクセル踏めないなら、俺は一生童貞だろうが!!」

その開いた口を閉じろ!!童貞!!

「俺は──」

進むな!!その先は地獄だぞ!!

童貞!!

童貞をいざなうハーメルンのギョーザ。それに俺は抗えなかった。
「アラサー童貞の俺に選り好みなどしていられない」という、極端までに終わった自己肯定感と自己評価が、俺を恋愛戦場に駆り立てる。

確かに、選り好みしすぎるのはよくない。前回のなにわモンスターのように、7年恋活してボウズのみじめな勘違い30代になるくらいなら、多少は許容ラインを下げることも必要だろう。だが、大事なのは妥協ではなく、妥当な相手を探すことだと今では思う。良くも悪くも自身の価値は正確に見定めなくてはならない。例えるならば、値札のついた商品を吟味し、本当に自分に相応しく、身の丈に合ったものを選び、買うことだ。決して自分自身を無価値と断じ、コンビニやスーパーの廃棄に集ることではない。

だが。あの時。あの場所で。

心に突き刺さったままの、小さな小さな違和感の針。

俺は、針を逆に押し込んだ。

あの時俺が、どれだけ耳障りのいいことを言ったのか覚えていない。記憶しているのは極限の緊張の中、己の鼓動が耳元で聞こえるような感覚だけだ。

だから、結果だけお伝えしよう。

その日、俺は人生で初めて、彼女というものを作ったらしい。

これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


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