バレンタインにコンプレックスを考える
この街でたった一人私のことを呼び捨てにする人が死んだ。
その人は、入社当初のピチピチの私に開口一番、
「ガタイがええなぁ!」と笑いかけた。
目の前に黒焦げになったクッキーがある。
作ったのは私である。
一つつまむと、食べなくてもわかる焦げの味だった。
顔をしかめてもう一つ食べる。
おいしくはないが、不味いわけでもない、ノーマルな焦げの味。
私には製造者としての責任があるんや、ともっともらしい言い訳を心の中で呟いて、
バレンタインに渡すはずだったお菓子を、失敗を隠滅させるか如く一気に全部食べた。
体型に関して色々なことを言われてきた。
特に覚えているのは、二つ。
ひとつは、大学の先生が「お前は、、、デカいなぁ!」と言ってよく私を褒めたこと。
賢い、まじめ、おもしろい、優しい、と並列に先生は「デカい」という言葉を使った。
なんだかあまりにも嬉しそうに誇らしげに先生がいうので、渋々その言葉を受け入れていたが、
いくらいい意味であったとしても、客観的な事実を突きつけられることは、全くもってうれしくなかった。
ふたつめは、風俗でアルバイトしていた時に客に「むちむちしててえろい」と言われたこと。
これは昔付き合っていた男にも数回言われた。
私は人前で脱ぐときは必ずダイエットをしていたので、空っぽのお腹の自分の身体を「ムチムチ」と揶揄された挙句、「エロい」と評価されたことに非常にショックを受けた。
男は自分が「エロい」と女を褒めた時、女からは大体「ふふん」とされると思う。
女がふふんと思うのは、その行為は意図的に行ったものだからだ。
作られた表情がエロいと言われたら私だってふふんと思う。
男ってこういうのが好きなんだろうと思ってした態度がエロいと言われたらふふんと思う。
基本的に女には無意識というものは存在しないと思った方がよい。
だからこそのふふんなのだ。
がしかし、ダイエット中の私は「どうだ、きれいだろう」と思って脱いでいるわけである。
「ムチムチしててエロい」は私の意図と真逆の評価だ。
「細くてエロいだろ」?!?!?!○ねよまじで!
二つともシチュエーションは違うが、言った人が「褒めた」つもりであったという共通点がある。
相手のニュアンスなどガン無視して、勝手に傷付く。
私は、ずっとデブであることがものすごくコンプレックスだったのだ。
お菓子作りの失敗にかこつけて私が爆食いを行ったのは、最近の身体の疲れがえぐいからだ。
疲れているのだ。
早朝と日中の気温差もしんどいが、最近荷運びをしてからというもの身体がおかしい。
荷運びとは資材や苗を背中に背負って山を登ることをいう。
そして「荷」というのは10キロほど重さがあるのだ。
私はたった二桁の数字さえ記憶できないバカなのでずっと「なんか重ない……?」と思って背負い続けていたのだが、入社二年目にしてやっと気付いた。
いやいや! 10キロて! そりゃしんどいがな!
いつもより10キロ重い身体で山を登ると、地面に足がめり込んでいるのがよくわかる。
そして思ったのだ。
痩せただの、太っただのと日頃私は一喜一憂しているが、
10キロの荷物背負ったら、そんな些細な重さくそどうでもよくね?
どう考えても、一番大事なの、ボディの重さより健脚じゃね?
入社当初の「ガタイええなぁ!」には応えた。
シンプルに言われたくない言葉だったから。
ていうか周りに人いたから余計いやだった。私のガタイの良さに気付いてない人いたかもしれないのに、今の一言で絶対気付かれたやん! と思った。
でも、今はわかる。
素人で新卒で不安そうにしている私の、身体の丈夫さを褒めてくれてたんですね。
山でもやっていけそうと思って、私の身体のタフネスを見抜いてくれてたんですね。
言葉の意味がわかるようになるまで仕事を始めて二年半かかってしまいました。
ここには私のことを唯と呼ぶ人は一人しかいないので、誰が声をかけてくれたかすぐわかりました。
うれしかったです。
あなたがええなぁと思ったガタイは、私はいらないと思っていたものは、山でちゃんと役に立ちました。
この仕事について自分の体の形を、骨を、肉付きをまぁいっかって初めて思えるようになりました。
私、大丈夫そうです。頑張ります。
彼がこの世で成したすべてのよいことによって、どうか神様の身元でのよき場所をお与えください。
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