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初心者ストリートピアノに対するイチャモンから考えること

昼下がり、駅地下のストリートピアノで初心者の彼女と初級向けの楽曲を演奏した時の出来事です。

僕自身は幼少期からピアノを習っており、趣味としてこの上なく贅沢だと思う音楽をこれからも続けたいので、家に電子ピアノを置いています。ピアノに関してはほとんど初心者の彼女は、自発的にYouTubeにある初級の動画を見ながら弾きたい曲を練習しています。今日は駅まで少しお出かけしており、予定の時間まで余裕があったのとストリートピアノも誰も使っていなかったため、ちょっとだけ演奏していくことにしました。

その場所は駅から大型ショッピングモールへと続く通路であり、滞留する人は基本的にいないところです。加えて、地下広場として広い空間にグラントピアノがストリートピアノとして寄贈されている。つまりは、カフェや市役所など滞在したい、もしくは滞在しなければならない状況で周りの人にとっては聞きたくないのに聞き続けなければならないということにはならず、アップライトでなくグランドピアノであり、さらには空間の構造上、音が適度に反響するという、ストリートピアノとしては条件がかなり良い状況でした。

彼女が右手、僕が左手でどちらも単音でゆっくりと動画を見ながら演奏していたところ、視界の端からどうやら女性らしき小柄な人が近寄ってきました。最初は演奏に当たっての注意を記載している看板でも眺めながら、次の演奏をするために順番待ちでもしているのかと思ったその時、「あなたバイエルは終わったの?」上品そうな服装に身を包む60過ぎくらいに見える女性は、そう声をかけながら演奏を中断するよう促しました。

正直に言うと、この一言だけで彼女が何を言いたいのかを察した僕はすでにイラッと来ており、この後に冷静な対応ができなかったことについては後悔しています。

「バイエルは練習してませんけど?」と答えた僕を横目にその女性は「それならこんな場所で演奏してはいけないわ」と僕のパートナーに向かって言いました。女性は続けて「こんなところで練習なんてしてはいけない。バイエルを終えていない演奏は聞けたものではないし、せっかくのグランドピアノも悪くなってしまう。」こう言って退けました。

これ以外にもいくつか発言していましたが、おそらくその女性が言いたいことはこうでした。
ピアノ教本として、伝統的で、ベーシックな、王道であるバイエルの技術を習得していなければ、
1. 人に聞かせる演奏ができるはずがない。
2. せっかくのグランドピアノが痛んでしまう。
3. 公の場における演奏など恥ずべき行為である。

当然、単音の演奏なのでミスタッチばかりというわけでもなければ、ピアノを乱暴を扱ったわけでもありません。3についてはその女性ができないことにやっていた僕たちに対してのやっかみであるとしか思えません。そもそも大前提として、これはストリートピアノとして万人に開かれたものです。

確かにバイエルはピアノ習得のためのベースとなる能力を養う上で重要な役割を果たし、それを終えたかどうかがその人の軸が出来上がったかどうかを判断する基準となるでしょう。しかしながら、当然ながら彼女はピアノ中上級者を目指し、ピアノの道に進もうとしているわけはありません。子どものことからピアノ教室に通った経験のある人なら大方共感していただけると思いますが、大人になってからピアノを趣味で始めようとする人に、クラシックピアノを習う子どもにするように遠い将来のためのつまらない教本を第一に勧める、ましては強要するようなことはあまりに愚かでしょう。

女性の話の中には、「私はバイエルとブルグミュラーを終えた」というようなまるで今回、関係のない話題も含まれており、その時はショパンの革命を大袈裟な動きでわざと激しく、古典的で偏見ゴリゴリのこの女性ができる限り嫌がるように演奏してやろうかという考えが頭によぎりました。危なかった、もう少しで同じ土俵に立つところでした。今になってみれば女性は単に、「私が最近始めたピアノをいかに楽しんでいるか上達しているかという話を聞いてほしい」と言っていただけかもしれません。ニコニコ、うん、うんと頷いていて聞いてあげればよかったと思います。

ただ今後は他の初心者に同じようなことをするのは一切やめていただきたい。ストリートピアノは、楽器という高額なものをわざわざ買って家で練習したうえでしか触ってはいけないものではなく、むしろ弾いたことのない人、これまで音楽をやってみたことがない人にとっての音楽演奏のファーストステップとして機能すべきだと思います。

親が音楽に対して理解を示し、レッスン料を払ってくれるという恵まれた環境でなければできない習い事であるピアノを、子どもの時に経験できた人はいいでしょう。僕もその一人でした。こんな形で音楽に親しんできた経験がない人にとっては、音楽というものは始めのハードルが高い。価格の低い楽器が出てきているとはいえ、ピアノは楽器の中では高額で、維持費も場所もとってしまう。それを大人になってから始めて継続できている人は心からすごいと思います。

確かに自分が上達してきてピアノがどういうものかわかってきたり、音を聞く力がついたりして、他の人の演奏を見聞きすると、手首が下がっているだの、細かいミスが多いなど色々なことに気づいてしまうようになるでしょう。純粋に他人の音楽を聴くことが難しくなり嫌な見方をしています。それでもそれを表現すべきではないこと、自分が習得したものだけが正しいというわけではないことは明らかです。

どの業界でもそうだとは思いますが、もっと自分たちが享受してきた楽しさを是非まだ知らない人達に知ってもらいたい、そういう姿勢を続けるように心がけることが大切だと思います。これは僕の師の言葉ですが、音楽は「音を楽しむ」という書くように、自由に各個人が楽しむものであって、絶対的な演奏法、学び方、指使いなどない。この考え方には全面的に賛同します。それぞれの個性を演奏として表現する悦び・人の演奏からその人の個性を感じ取る面白さを知る人が増えることは嬉しいし、まちが音で溢れるようになったら楽しそうじゃないですか。

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