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垢すり 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その11

 やはり高梨の妹だった。

 高梨 結衣、今年この大学に現役で入学してきた18歳。
 しかし18歳にしてはあどけない、と言うよりは幼い。
 今時のアイドルグループに居てもおかしくない見た目ではあるのだが、兄である高梨聡と同様に垢抜けない雰囲気だ。
 兄の聡は身長約180センチの痩せ型で手足の長いモデルのような体型に、顔は若手二枚目俳優的な雰囲気を持つ。
 俺の周辺では一番のイケメンだがな、どこか垢抜けない雰囲気を漂わせている。
 この垢抜けなさは高梨家の血筋なのだろうか?
 そうだ、高梨妹の俺への馴れ馴れしさも兄と同様だ。
 これも血筋か?
 ちなみに兄の聡は高校を卒業して就職した。

「それ、どうしたの?」

 高梨妹は不思議そうでありながらも、どこか笑いを堪えてる風に聞いてきた。

「あぁ、ペヤングの取り巻き達とちょっとな…」

「やっぱり⁉︎あいつら調子に乗りすぎなんだよ!
一人じゃ何も出来ないカスの集まりのくせに!」

 高梨妹の表情がわかりやすいぐらいに怒りを表してるのだがな、身長150センチぐらいの女子が一人怒ってみせても、子供が怒っているようにしか見えない。
 それは高梨妹のキャラクターのせいかもしれないのだがな。

「一人じゃ何も出来ない、それもまた人間らしい…」

「はぁ?ニヒル気取ってるの?
詩郎はそこまでされているのに何で冷静でいられるの⁉︎むかつかないの?」

「冷静ではないし、怒っているのだがな。
悪目立ちすると俺たちみたいに留年することになる。お前も気をつけろ」

 そう、ジージョさんは二年、俺とパリスは一年留年している。“仮面”は知らぬ。
 これは噂レベルの話でしかないのだが、ペヤングに目を付けられると留年させられるという話だ。
 俺は入学以来、何かとペヤングらと衝突し、パリスは足の臭さや行動についてペヤングらに目を付けられている。
 ジージョさんは…、もしかしたら性癖がバレているのかもしれない。

「気をつけはするけど、納得いかない!」

 高梨妹は売店で買ったと思われるカフェオレの容器をテーブルに置くと俺の向かいに座る。

「高梨さん!」

 高梨妹が容器にストローを刺しカフェオレを飲み始めた時、遠くからその名を呼ぶ声が聞こえた。

 奴だ。
 絆の野郎だ。
 絆は軽快な足取りで食堂の入り口付近から高梨妹の横に近づいて来て、まずサラサラの前髪をかき上げる。
 そう、こいつは女に話し掛ける時は必ず前髪をかき上げるのだ。
 これがこいつのやり方なのか、一々爽やかぶってて鼻につく。

「高梨さん、サークルの件、考えてくれたかな?」

 絆は女と話す時に限って、鼻にかかったようなイケボ気取りな声を出しやがる。
 女と話す時は明らかに声を作っている、とことんいけ好かない野郎だ。
 高梨妹はうんざりとでも言いたげな表情をするのだが、絆はそんな様子を意に介さず、再び前髪をかき上げ、今度は爽やかな笑みを浮かべる。
 これだ、これはこいつが御高説を垂れる前に必ずすることなのだ。

「僕たちは愛と真心をもって、どんな人とも手を取り合って支え合う活動をしているんだ。
皆が生き生きと輝き、皆が主役の世界を目指すを理念に」

 俺はここで絆の御高説を遮り、

「あんたのサークルは垢すりの会だったよな?
愛と真心をもって、困っている人達の垢すりでもしてるのか?」

「ははは」

 “仮面”が人工音声で笑う。

「風間君、違うんだよ。
“あかつきの会”と言って、垢すりじゃないんだ。
このあかつきって言葉には僕の願いが込められていて」

 俺は絆の言葉を遮るように、

「明けない夜はない、陽はまた登る、みたいなやつだろ?」

「風間君!君はわかってるじゃないかっ!
風間君も僕達と一緒に」

 絆があざといぐらいの思い切りの笑顔を浮かべた。
 俺はこのまま絆のサークル勧誘なぞに付き合うつもりはない。
 調子に乗り始めた絆の話の腰を折るように、

「お前は政府の圧政に抵抗する活動家だとしよう」

「え?」

 絆は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

「そういう設定の話だ。
最後まで聞け」

 絆は不安そうに頷く。

「お前の活動は功を奏し、多くの賛同者を集めた。
しかしお前は目立ち過ぎ、秘密警察に捕まり苛酷な拷問を受ける」

「何故だ?何故僕が捕まるんだ?」

「そういう設定のお遊びみたいな話だ。
最後まで聞け」

「わかった」

 絆は頷く。

「拷問の後、お前は秘密警察を連れて仲間の溜り場へ行く」

「溜り場って何?どこ?」

「どこでもいい。ゲームセンター、場末のスナック、何でもいいさ。

そこでお前は店内にいる客のうち、どれが仲間なのか秘密警察に打ち明ける。
そして仲間は逮捕されていく。
お前は仲間を秘密警察に売った。
何故だ?
何故お前はそんなことをする?」

 絆は沈黙した。
 額や首筋に脂汗のようなものを滲ませ、瞬きをせず俺を見ている。
 明らかに困惑しているようだ。

「シロタン、ちょっと質問の意図がわからないよ」

 絆は今、俺をシロタンと呼んだ。
 絆の野郎、俺との距離を縮めたいのか?それとも俺をシロタンと呼ぶことが浸透してるのか?

「だろうな…
俺も意味がわからない…」

「ははは」

 “仮面”が人工音声で笑う。

「高梨さん、サークルの件、よく考えてみてね。
それじゃまた」

 絆は狼狽えた様子でこの場から去ろうとするのだが、方角がわからなくなったのか、その場で白杖を真っ直ぐ上に掲げる。
 これは視覚障害者の助けを求めるポーズだという。
 すると絆の取り巻きの女達が駆け足で殺到し、絆を誘導して連れていった。

 それはいいのだが、俺はその取り巻きの女達から口々に[差別主義者]だの[痛風野郎]だの[ブロイラー]だの[フォアグラ野郎]だの[豚は食肉センターへ行け]だの、それは酷い罵られ様だった。
 まぁ、それでもいいさ。
 絆の野郎に一泡吹かせたからな…


「詩郎、ありがとう。あいついなくなって助かった」

 高梨妹はそう言った後、溜息を漏らす。

「礼には及ばない。俺はただ、ああいう輩をからかいたい願望があるだけだ」

「それにしても、あいつしつこいんだよ。
しかもあいつ、いつも私の胸だけ見て話してるみたいだし」

 確かに高梨妹の胸は…、主張が激しい。
 隣に座るジージョさんが高梨妹の放った胸という言葉に反応したようだ。
 ジージョさんが身を乗り出す気配を感じた。

「そんなことないよ、彼は視覚障害者だし見えているわけがないよ」

 ジージョさんが絆の擁護をした。

「そうかなぁ、あいつ本当は見えてる気がする」

「絆君のような聖人が見えていないふりをする理由がないよ」

「ふーん」

 ジージョさんの言葉に高梨妹は不満気な表情を浮かべているのだが、不意に立ち上がる。

「私、これから講義だった」

 高梨妹はテーブル上にあった紙ナプキンを2、3枚を手に取り、

「詩郎、口の周り汚い」

「え?」

 紙ナプキンで俺の口の周りに付いたミートソースを拭い取る。

「じゃあ、またね」

 と言い残すと高梨妹はその場を立ち去った。

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