辞めて、輝け
会社を辞めることが知れ渡ると、急に、先輩や上司が優しくなったように感じる。普段、あまり話しかけない人も、廊下ですれ違いざまに声を掛けてくれる。
「聞いたよ。残念だな」
「もったいない。もっと一緒に仕事したかったぜ」
耳に心地いい言葉のオンパレード。ちゃんとしたプロセスで辞めた人だけが味わえる特権!?数週間ちょっとの期間限定のボーナスステージ。9年間働いたご褒美として、ありがたく、受けさせてもらおう。精神衛生上も悪いはずがない。
そう、あれは、今から14年前。新卒として入社したマスコミを退職した際の話。
マスコミといっても一般的に思い浮かぶ記者ではなくて、販売局。新聞の購読者を増やすために、いろいろと施策を考え、実行していく部署だ。
若くして、自分の担当エリアを任され、やり甲斐もあったし、待遇も申し分なかった。一方で、義父から、経営する会社を手伝わないか?との相談を受け、心は揺らいだ。全く違う業界での不安もあったが、それ以上に、より経営に近いところで仕事ができることに魅力を感じた。そして、転職を決意した。
会社を去るXデーが近づいてきたある日、入社して一番影響を受けた、尊敬する先輩に、二人きりの送別会を設けてもらった。
「乾杯!」
の発声のあとに続く先輩の発言にビックリ。
「おめでとう!お前、よかったな!」
「?」
残念がってもらったり、寂しがってもらうケースに慣れていたため、予想外の反応であった。しかし、なにが「よかった」というのか?瞬時には理解できなかった。
先輩が説明をしてくれた。
「ニュースのコメンテーターを見てみろよ。みんな、『元』記者だぜ。『元』販売局ってやつはいるか?学生は、ああいう『元』記者のコメンテーターに憧れて記者を志望する。だから、お前は、外に出て、偉くなれ。有名になれ。そして、そのときには、肩書に、『元』販売局って名乗れ。そしたら、販売局を志望する学生も出てくるかもしれない。すると、俺らが助かる。これは、外に出ないとできないことだ。だから、おめでとう!よかったな!」
あぁ、そんな観点なかったな…。最後の最後まで、「やってくれる」先輩だ。
「わかりました!絶対に、俺、有名人になって恩返しします!」
その後は、終電の時間が過ぎても、二人で飲んで語り合った。過去のこと、これからのこと、残り少ない時間を惜しむように。
今年の夏。14年間勤めた転勤先の会社も卒業し、起業することにした。その先輩にも報告。励ましの言葉ももらったが、未だ会うわけにはいかない。次に、先輩と会うのは、約束が叶ったときだから。
「なあ、ロビン!!これでオレも一人前の正義超人になれたかな!?」
キン肉マンの黄金のマスク編で、ブロッケンJrがロビンマスクに確認していた。同じように、そのときがきたら、先輩に確認してみたい。
「僕も、有名人になれましたか!?」
そして、
「乾杯!」
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