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読書週間『跡を消す』死への向き合い方

この本は、特殊清掃、つまり孤立死や自殺、殺人事件のあった場所を清掃する仕事を題材として書かれている。

馴染みのない仕事であるだけに、「清掃って、何が行われているのだろう?」「死んだ後の形跡って、実際どんな感じになってるのかな」と怖いもの見たさのような好奇心で読んでみたくなる人も多いだろう。

私もそういう興味本位な気持ちで最初、この本を手に取った。

しかしこの本は、凄惨な現場の描写だとかグロテスクな描写を期待している人が読む本ではないし、そういう気持ちで読む本でもない。

たしかにハエだとか体液のシミだとか現場の描写などもあり、どんな清掃が行われているのかということもきちんと書いてはあるが、最低限の情報程度であり読んでいて気持ち悪くなってくる程の記述はなかった。

テーマが死や特殊清掃という重い題材を扱っているだけに、内容が重くなりすぎないように配慮されているのだと思う。読んでいてクスッとくる会話もあり、全体的に軽快な文章で書かれていた。

また、特殊清掃の内容自体がサクッと書かれているのは、そこに焦点をあてた本ではないからだとも言える。

『特殊清掃という仕事を通して、「死とはどういうことか」「死に向き合うとは」を考えること』にこの本の焦点はある。


ここからは少々内容に踏み込むためネタバレを含む。

主人公の浅井は、クラゲのように漂うフラフラと毎日を過ごしているような若者で、いわゆるクズ男だ。読んでいる私も腹が立つほどだった。

しかしそんな浅井が、特殊清掃会社の笹川と出会い、特殊清掃という仕事をしていく中で考え方が変わっていき、骨のある人間になりたいと思うようになる。この辺りから、まんまと私は浅井を応援するようになる。

浅井は特殊清掃で出会った遺族によかれと思って『優しい言葉』をかけるが、怒られてしまう。『優しい言葉』とは何なのかを考えさせられる。

笹川も死に囚われ暗闇に身を置く一人だった。笹川はこれからもずっと暗闇の中で生きていくことを望んでいた。しかし浅井は、笹川をなんとか助けたいと思った。光のある場所へ連れ戻したいと思った。

苦しみは本人にしか分からない。放っておく方がその人のためなのではないか。自己満足なのでは?という思いがないわけではなかった。しかし浅井は向き合わなければいけないんだと強く思い、強引に笹川を光のある世界へ引っ張り出そうとする。この魂の本気のぶつかり合いによって、笹川は自ら暗闇から抜け出す決意をする。


笹川のような人間を目の前にした時、私は浅井のような行動を取れるだろうか。この本の中では、たしかに浅井の行動は笹川にとってプラスに働いた。しかし現実はどうだろう。

私の知り合いのA君がこんなことを話してくれたことがある。

「女友達のOさんが悩みを相談してきた。思い詰めた顔をしていて、なんとか彼女の抱えている問題を解決してあげたいと思った。彼女から聞いた話を元に客観的に見た俺の意見を言った」

これはよくある男と女の違いかもしれないと思った。女はただ話を聞いてもらい「辛かったね」と言ってもらいたいだけだった。しかし男は悩みを晴らしてあげたくて解決策を提案した。どこにでもある男女の気持ちのすれ違いのように思えるが、この話には続きがある。

「それから数日後に彼女は自殺した。お葬式に行った時、彼女の親に言われた。『お前が余計なことを言ったせいで、娘は死んだ。娘はお前が殺したんだ。帰れ!』と。俺は間違ったことを言ってしまったんだろうか。今でも分からない」

と。

A君はたしかに彼女を救いたいという思いから、言葉をかけたはずだ。遺族の人が言うように、本当にA君の言葉が引き金になったのかどうかは分からないが、違うとも言い切れない。

誰かを救い出したいと思ってとった行動も、浅井と笹川のようにプラスに働かない可能性もある。

じゃあ見て見ぬふりをするべきなのか。

暗い中にいる人を前に、何もしないことが最善手なのか。

私には正解が何かは分からないけれど、「そうだ」とは言いたくないと思った。

#読書の秋2020 #跡を消す

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