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契約とドキュメンテーション

前回の記事(プロジェクトファイナンスと関連法)で触れた「契約」について、実務のドキュメンテーションにおいて留意していることなどを書いてみようと思う。
例によって、以下に記載する内容はあくまでも実務家視点のコメントであり、正確性を保証するものではないので、正確な法的解釈や取り扱いについては弁護士の先生への確認が必要となる点ご留意願う。

契約作成のプロセス

契約の協議及びドキュメンテーションのプロセスについて、契約内容や相手との関係によって一概に言えるものではないが、概ね以下のプロセスで行われるケースが多いと思う。

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TSとはTerm Sheetの略であり、「条件概要書」と訳されるらしいが、実務上はタームシートと呼ばれることが多い。
まずはタームシートベースで主要条件の協議を行い、主要条件について合意した段階で契約書のドラフトを作成し、詳細な条件や文言の調整を行う。担当者の習熟度や契約の内容の重要性、相手との関係によって、タームシートベースの協議の段階で弁護士のレビューを入れるケースもあれば、ドラフト作成の段階からお願いするケースもある。ドラフトの作成が業務スコープに含まれるか否かで弁護士費用も変わるので、他案件で使用したひな形があればラフなドラフトまで自前で行うこともあるが、取引内容や条件が複雑になると想定される場合は素人のドラフトに修正を加える方がかえって大変になるので、素直に最初から弁護士に任せる方が良かったりする。文言含め、契約の詳細の調整が完了したら晴れて締結の運びとなる。TS協議や契約詳細協議においては、ワードファイルで作成した案に、双方が履歴付きで直接修正を加えコメントを記載し、少なくとも2~3往復はする。この時に、相手から受け取ったファイルをそのまま弁護士に丸投げするのは仕事のできない担当者のやることなので、後述することを踏まえて適切にマネージするように心掛けている。

タームシート

前回も触れたが、契約とは「一定の当事者間において締結される法律上の拘束力を持つ合意」であり、契約を締結するということは何かを行う目的をもって当事者間において合意を行うということである。契約のドキュメンテーションにおいては、その契約の骨子となる契約当事者、目的、契約の前提、その他各契約の種別において合意すべき事項を確認する事が大事であり、タームシートの協議においてはこれらを整理し、当該目的を達成する上で重要な条件等の合意を図る。上記事項について、頭では理解していても、契約ドラフトにコメントの応酬をしている内に忘れてしまいがちなので、この契約の当事者は誰か、目的は何か、前提条件は何か、ということは常に意識しておくと良い。
例えば、AとBが契約当事者の株主間契約において、AとB間の契約にも関わらず対象会社であるCが突然出てきて、「Cは~しなければならない」といったCの義務を規定する文言が追加されることがある。この場合、A又はBが株主としてCに対して~させる(「Cをして~せしめる」)と規定することはできるが、契約当事者ではないCに対して直接義務を課すことはできず、また規定してもCに対する法的拘束力はないのである。

契約のドキュメンテーションにおいて、実務ではいきなり契約書のドラフトをする事はなく、まずは契約概要と主要条件を記載したタームシート形式でやり取りを行い、上記のような主要条件について協議を行い詳細を詰めていく。
弁護士に契約書のドラフトを依頼する時にこのタームシートの出来次第で弁護士側の負荷が変わり、また自身のその後の作業効率も変わるので、タームシートにおいてどのような趣旨でその規定を記載するか、という点はしっかり考えて整理しておく必要がある。

なお、弁護士が契約書のドラフトやレビューを行う時に、依頼人側の思惑を考慮してプロアクティブにこうした方が良いとアドバイスをくれる事はほぼ無いと思っていた方が良い。相手から修正案とコメントが返ってきたら、まずは自分で内容を咀嚼し、対案及びコメントを考えて、「〜という趣旨でこちらの規定を追加しているが、趣旨と照らしてこの文案で問題ないか確認して頂きたい」といった具合に、「依頼人側でどのように考え、どうしたいか」を具体的に依頼をしないと正確な助言は返ってこない。
法的にはAという方法も正解だし、Bという方法も正解、Cという方法でも問題ない、という場合は多々あり、検討している契約においてどの方法が適切かは前提条件次第で変わることが多い。最終的にその契約の当事者は自分(自社)となる為、自分がどうしたいかは明確に伝える必要があり、法の専門家の弁護士なら察して上手く記載してくれるだろう、というスタンスではダメなのである。

契約書のドラフト

タームシートベースで合意ができたら、契約書のドラフトに入る。タームシートで合意した内容を基に、細かな条件や文言の調整を行う。規定している内容をより明確にするために、「疑義を避けるために付言すると~」といった書き方も出てくる。
記載内容一文一文について齟齬がないか、過不足がないか確認する。契約のドキュメンテーションについて、なぜそこまで気を配る必要があるかというと、契約書が役に立つのは何か問題が生じた時となるからだ。
物事が万事順調に進捗している時は誰も契約の内容については気に留めないだろう。問題が生じてどちらにその責任があるか(どちらの帰責事由か)、問題が生じた時にどう処理すると規定したか、ハラハラしながら契約の隅々まで見直すことになる。

基本的に契約に記載するのは契約の目的と合意事項、後はリスクのアロケーションをどうするかということである。どこからどこまでは相手の責任で、どこからが自分の責任となるか、そしてリスクが顕在化した時にどうするか、ということを予め規定しておくのである。
例えば、株式譲渡契約の協議において、対象会社について直近3年間税務調査が行われていない状況とする。万が一、株式取得後に税務調査が入って追徴課税を受けた時、買主がその損害を負担すべきか、売主が負担すべきかという話になる。その為、株式譲渡契約において、売主が対象会社の税務に関して問題はないと表明保証したり、知りうる限り問題は生じていない等と表明保証を行うのである。この時、極端な例となるが、売主が税務に関して問題がないことを理由の如何を問わず表明保証するとした場合、買手としてはお金をかけて税務DDを行う必要はなくなる。例え株式取得後に追徴課税による損害が生じても、売主が補償するのであれば、わざわざお金をかけて調査をする必要がない、と考えられる。(実際にはDue Diligence「当然すべきこと」の名の通り、善管注意義務を果たす為にも、全くしなくてよいということはないし、そこまで保証する売主もいない。)

なんでもかんでもDDの業務スコープとしてしまうとDDコストも青天井になってしまうため、自身で飲めるリスク、相手に飲ませるリスクを分け、相手に飲ませるべきリスクはタームシート協議の際に相手に飲ませ、相手に寄せきれないリスクに絞ってDDを行い、DDで新たに発見したリスクや定量的に評価したリスクについて契約ドラフトの段階で調整を行っていくのである。

必ずしも上記の通りというわけではないが、大体他の人もこんな意識でやっているのではないだろうか。経験を積めば積むほど勘所が分かるようになり、どのように進めれば効率的か分かってくるので、私自身もまだ実務を通して学んでいる最中である。

契約実務に関する参考書籍

契約実務に関する参考書籍としては、以下の「M&Aの契約実務」がお薦め。
M&A関連の仕事に就く人には必携の本であると思う。

https://www.amazon.co.jp/dp/B089782PJL/ref=cm_sw_r_tw_dp_Y8BRSQ0Y0T4E719CAEY4


(続く…かもしれない)


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