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悪書「ゼロから覚醒 フレームで読み解く」現代文について

以下は、聡明な方からのAmazonレビューです。

実に的を射た意見です。



 アマゾンのレビューがきっかけでしょうから、こちらに掲載します。Twitterのアカウントも、別に持っていないので。

 レビューの使い方としては適切ではないでしょうから、そのうち元に戻します。

 一連のツイートを拝見しました。
 放っておこうと思いましたが、私のレビューが先生のツイートの一因である気がしたので書いておきます。説明責任です。違ったら恥ずかしいですが。
擁護者の方々、レビューが長ったらしいのを揶揄したい気持ちもわかります。私自身も長過ぎて引いてるのでご安心ください。ただし、こちらは批判として正当な形を目指しているだけです。短文の低評価はただのアンチみたいで説得力がないじゃないですか。擁護をするなら、大した理由も挙げずに短文で低評価をする人のことを批判することをお勧めします。

 また、参考書の批判をすること自体が批判されるというのは「異常」です。
低評価をたくさん付けたのは参考書の数が多いからです。一冊しか著書がなければ一つしか評価は付けられません。自然なことです。

 落ち着いてください。そんな何度もツイートなさっても、短い字数のSNSでは、かえって捨て台詞を吐いているように見えてしまうだけです。
誤解を招きやすい短文で、断片的にご自分の主張を発信し続けるなんて、「文章」を生業とする、名の知れた方のすることとは思えません。ご自身のために、おやめになった方がよろしいかと思います。
大方、私のレビューを見て我慢ならなかったのでしょうが、私は一度も「受験現代文に読書が必要」という観点から著書を批判したつもりはありませんよ。

 どこをどう読んだらそう解釈できたのかよくわかりませんでしたが、こちらの伝え方が悪かったのであればお詫びします。
 まさか著者がお読みになることまでは想定していませんでしたが。

 私はこちらの参考書について、初学者向けの内容であるのに、接続詞への着目による本文の引用文ばかりで意味内容の解説が疎かだと言っているだけです。何もそんな小難しいことは言ってません。

 ただ、先生の一連のツイートで気になりましたが、読書が受験現代文の「対策」だと言っている人間なんていないと思うのですが?

 受験現代文のために読書を薦める教員や講師がいたら、むしろその方の見識を疑います。

 そうではなく、先生を批判している人たちは受験など関係なしに、読書をすることで得られる内容や経験を重視しているだけでしょう?

 本で得た知識や読書の経験があれば、受験にだってプラスになるに決まっているじゃないですか。
その「プラス」が一切無いかのごとく、「不要」とまで言う点が批判されているだけではないんですか?

 正しい正しくないはともかく、その主張が批判の余地のないものだとお考えなのであれば、その方がむしろ問題です。

 そもそも、読書という行為を受験の枠組などで論じている人はあなた方だけです。

「受験」を優先にものを考える高校生相手に奇をてらった発言をなさりたかっただけでしょうが、「不要論」が世間に受けるのは当たり前です。しかし、その分野において立場のある方がわざわざ言うことでもない。批判も受けるに決まっています。そして、受験現代文ではなく、「国語」に携わろうとする人間であれば、批判するのが本来あるべき姿勢です。

 念のため、著者のツイートを引用します。「引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの」だと思いますが、問題があるようであれば削除します。

「大学受験現代文の対策は「読書」だ、とおっしゃっている方々、たくさん「読書」をしているはずの石原千秋氏が『打倒!センター試験の現代文』という著作の中で「あー、たくさん間違えた(笑)」と述べていることはご存知なのでしょうかね?」

 このツイート、何なんでしょうか?

 およそ「反論」とは思えない、幼稚な内容。
こんなことを突然言い出した意味もよくわかりません。

 何よりも「受験現代文に読書は必要ない」などという発想そのものが、実にくだらない。
「受験勉強のために読書をしている人がいて、それで失敗をする人が多い」などと擁護者を含めて言っているようですが、「受験勉強のために読書をする人」など、本当にいるのでしょうか?見たことがありません。

 単に「読書が好きだけど現代文は苦手」なだけでしょう。なぜその二つを因果関係で結ぼうとするのでしょうか。

 誰もそんな、受験云々の次元の低い話をしていません。

 ご自身が「受験勉強に読書が必要ない」と主張しているものだから、批判する人間の意見を「受験勉強に読書が必要だ」と主張しているものと決めかかっていらっしゃる。

 これも無理矢理こじつけようとする「論理病」の弊害ではないでしょうか。

 自分への批判を、単に「批判」として認識し、何を批判されているのか理解できていないのでしょう。

 読書よりも参考書に取り組んだ方が点数に直結するなんて、誰でも分かっているんじゃないでしょうか?

 それと「受験に読書は必要ないが、人生においては重要だ」なんて、わざわざTwitter上で大げさに言う内容でもありません。当たり前です。もし現代文講師が「人生においても重要でない」などと言うようであれば、さすがに誰も相手にしていません。

 そして、高校三年間、読書を要不要の、効率性の問題として聞かされていた高校生が、大学生になって突然読書を始めるとは到底思えません。
「読書の量は現代文の点数に直結しないので、現代文の勉強もしっかりやりましょう」で十分じゃないですかね。

 使っている言葉が雑です。現代文講師、大学で文学を専攻なさった方が使う言葉として「不適切」でしょう。

 リプライを返していらっしゃいましたが、「読書ばかりをしている人は言葉のルールを先に勉強した方がよい」といったような意見については、おかしな意見です。

 読書を多く行う人なのに、なぜ「言葉のルール」を知らないと決めかかって話をしているのでしょうか。

 結果的に読書に関する小さな議論を呼んだようですので、それはむしろ良いことであったかもしれません。

 ただ、わざわざ反応なさるあたりご自身への批判を許さないような態度がおありのようで、それってどうなんでしょう。

 それも、批判意見に対する強い思い込みからツイートを連発しているようなので、率直に、地雷臭のする方だと感じました。

 受けた批判の意図をよく理解しようともせず、「読書派講師」だとか「的外れ」だとか「すり替え」だとか断定するのは、「反論」ではありません。あまり賢い人のすることではないような気がします。

 あと「講師」って何でしょう?自分を批判するのは同業者だけだとでも思っていらっしゃるんでしょうか。

 自分のことを肯定する賞賛ツイートにだけ律儀にコメントを返し、何度もツイートした後、最後に「私は批判も受け止めます、一緒に頑張りましょう」みたいなことをおっしゃっても滑稽なだけです。

 それまで何度もツイートをしていたのにその後、「僕の知らないところで『読書論』が盛り上がっていましたね!」はさすがに無理がありますよ。

 ちなみに、私のレビューはそんな大層な話とは一切関係ありません。

 単純に「現代文」に限らず文章を読む姿勢として参考にしたくないと述べただけです。

 また、本文の引用ばかりで内容の咀嚼(「読書」によって獲得した知識のことではないです。この点を勘違いなさったのでしょう)をせず、論理展開を示す言葉の説明ばかりなので、この先生は普段からこういった読書をなさってるのではないかと皮肉を書いただけです。

 現代文が得意ではなかった人をたくさん知っています。一文を理解できないような人たちに対して、本文の引用を提示しただけでは理解してもらえるはずがないでしょう?書かれている言葉を自分の持っている語彙に落とし込む作業を軽視していらっしゃる。だからこそ、受験現代文に読書は「不要」と言えるのでしょうが。

 私が先生の著書に疑問を抱いたのは、慶応義塾大学の小論文の参考書を見てからです。

 解答例がひどすぎると思います。特に文学部の問題、家族論の内容について、単に連絡先の有無という観点から論じていた点は「読書をなさっている方」の考えとして浅過ぎて信じられませんでした。
先生は有効だと感じてらっしゃるのでしょうが、こちらには知識を重視せずに論理「学」をこじつけているだけにしか見えなかった。

 例年明らかに学部の特性が踏まえられた出題がなされているのに、なぜあれが知識を重視しないロジカルシンキングの問題だと思えたのか、私には理解できません。

 あれが商学部専用の過去問ならこちらは何も言いませんでしたよ。

 その後出版なさったレベル別問題集については、解説を見て、まじめで要領を得ない高校生にとっては記号を書き写すことが最優先になってしまうのではないかと危惧しただけです。案の定、フリマアプリでそのような書き込みだらけの中古品を見かけました。

 銀色の小論文の参考書については解答例がお粗末すぎて呆れてしまいました。あの文章を評価するような方がいるのであればむしろ興味があります。同時に、このような文章しか書けないのであれば、「現代文」であっても参考書を何冊も出版なさることは情報量の少ない受験生の立場からすればむしろ良くないのではと疑問を抱いただけです。

 先生ご自身が「同じ考えを一貫させること」にこだわっているとおっしゃっていましたね。だったら「読解法」の参考書は一冊だけ出版しておけばいいじゃないですか。

 一冊でまとめられる内容なのに、何冊も何冊も出版なさるから、こちらも何個も何個も低評価を付けただけのことです。一冊だけ評価するのもおかしな話でしょう。

 問題集ならともかく、参考書っていうのは満を辞して、ようやく一冊書き上げるようなものだと思っていたので、内容が薄いと感じられただけです。
一人目のレビューでいきなり星1を付けるのはいくらなんでも悪いと思い、配慮したつもりでしたが、そんなに低評価を付けられるのが気になさっているとは思ってといませんでした。

 最後に一応こちらも伝えておきます。
先生と私の間に面識はありません。
予備校に勤務したこともないですし、名前をご存じのはずないので誰か別の方と勘違いなさっているのではないでしょうか。その方のためにも、勘違いはおやめください。

 あの場で「知りません」と答えるのが恰好付かないと思っただけなら別に構いません。

 擁護している方のうちの一部へ
「参考書に低評価を付けている人は先生の講義を実際に見ていないし、参考書もちゃんと読んでいない」みたいなことを言ってる方、本は読んでますよ。擁護する方はなぜ口を揃えてそう言うのでしょうか。低評価を付けるのはただのアンチで、本を読んでいないに決まっているといった思い込みはおやめになった方がよろしいかと思います。

 また、「受験指導の経験が豊富な先生を相手に素人が何を偉そうに批判しているのか」などと言う意見も見かけましたが、先生を批判している方々はおそらくこの手の話について問題意識を持ち、あなた方よりは何らかの行動をしているはずです。それを批判するのであれば、あなた方の意見の方が余程「偉そう」です。

 反対意見であれば頭から否定しようとするのはこの一派の特徴なんでしょうか。「論理」を勉強した人の考えることとは到底思えません。それよりも気になったのは、何で本のレビューを書くのにいちいち講義を見ないといけないんですか?こっちは本のレビューをしてるんですよ?講義を見ないと本のレビューをしてはいけないというのはスタディサプリ会員のノルマか何かですか?ちなみに、そういった方にお尋ねしたいのですが、履歴を見るとこちらの先生の参考書だけ高評価をしているユーザーがたくさんにいるんですが、それについてはどのようにお考えでしょうか。サクラレビューか、その後読書をしていないということでしょうか?Twitter上で構わないのでご発信ください。

以下、もとのレビューです。

「ゼロから覚醒ネクスト」って何でしょうか?
タイトルからして矛盾してるんですが。

「フレームワーク」って言いたいだけなんでしょう、この方。

 高校生が聞き慣れないであろう言葉をしたり顔で使っていらっしゃいますが、程度の低い就活セミナーで使われたり意識高い系就活生が喜んで使うような、ただの就活用語です。

 類比、対比、因果関係なんて、どの参考書にも書いてあり、どんな教員・予備校講師でも説明する内容でしょう。一体何がどう目新しい内容なのか。
「『例えば』と書いてあるのでこの後の文には具体例が出てきます」みたいなことが書いてある本です。

 肝心の、文章の内容に関する説明は本文の言葉の引用を繰り返しているだけ。そして、繰り返した言葉を例題の選択肢と一致しているか確認するだけ。
実に機械的、そして表面的な読み方であり、文章を読むうえで最も重要な、内容の理解を疎かにしています。

 本文の引用を繰り返すだけなので、説明の仕方が、対象として想定しているレベルと一致していません。

 この本が対象としているであろう現代文を苦手とする人は、書いてある内容を理解できていないために文章が読めないのです。

 書かれている内容を理解できない人が、内容を嚙み砕いた説明抜きに本文の引用を繰り返されるだけで、なぜその文を読めるようになるのでしょうか。
この説明では、たとえ「この部分が重要なんだ」ということがわかったとしても、その部分が意味する内容については理解できないはずです。

 著者はおそらく、「書かれてあることをそのまま理解する」ことを目指しているのでしょうが、それが可能であるのは現代文を苦手としていない人です。
そしてそのような人は、本書を読む必要がありません。

 どうもこの先生は、いつも言葉の上っ面ばかり気にしていて、肝心な意味を読み取ろうとしない。
一文一文の解釈については、主語と述語を確認してそれで終わりです。

 文章を読む際に内容の理解やその背景にある知識を疎かにしてきたからこそ、別で出版なさっている小論文の参考書の「解答例」ような、浅薄で稚拙な文章しか書けないのです。

 そもそもこの方と出版社の、似た内容の参考書を多数出版なさる姿勢について疑問を抱かざるを得ません。

 現代文って、そんなに多岐にわたる「テクニック」を必要とする教科なのでしょうか。

問題集ならまだしも、こういった類の内容であれば一冊で済むでしょう。  

 いくら「役割」が違うと言ったところで、限度があるのではないでしょうか。
 むしろ、これだけ「役割」が細かく分かれているとすれば、その方がおかしなことです。
一体何冊の入門書が必要なのでしょうか。
高校生は限られたお金を使って参考書を購入し、学校や部活と多忙な中で限られた時間しか勉強に費やすことができません。

追記
 著者のTwitterを見てよくわかりました。
この方、一冊でも多くの参考書を出版することをステータスであると思っているのではないでしょうか。
 五回に一度くらいの頻度で、今年は何冊本を出す、今本を執筆している、などといったツイートをしています。
 とにかく多くの本を出すことが先にあるのだから、当然使い回しも多い、内容の薄いものになるに決まっているが、それを「柳生先生の本は全て役割が違う」などと解釈してくれる方(関係者でしょうか)がいるものだから話が早い。

 また、Twitter上の評価も疑問です。
わざわざ参考書の写真を載せ、「柳生先生の参考書わかりやすい!」なんてツイート、普通するでしょうか。

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