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稲垣足穂について|代表詩・一千一秒物語の解説、青空文庫で読めるかなど

稲垣足穂との出会いはすんごくよく覚えていて、友人から二十歳の誕生日プレゼントで「一千一秒物語」をもらったことでした。ちなみにその友だちはいま福岡の学校でカウンセラーをしているんだ。だいぶ心配だよね。生徒が。特に少年が心配だよね。

なんで少年が心配なのかというと、それはこの文章を最後まで読んだらきっと分かる。とにかく今回は、私がもう愛してやまない。ここ10年近く著作を読み耽っている稲垣足穂という作家についてお話しします。

稲垣足穂の人生を見てみよう! タルホブームがやってくるまで

稲垣足穂は1900年生まれ。幼いころから飛行機(飛行器)や映画などが好きで、16歳で日本飛行機学校を受けるも落ちてしまう。その後、19歳にして上京し出版社に原稿を送りはじめ、21歳にして「田園の憂鬱」など、退廃的表現で有名な作家・佐藤春夫に「一千一秒物語」の原型を送った。

佐藤は「童話の天文学者」と同作を評している。『一千一秒物語』は、その後23歳にして金星堂より出版される。当時はイナガキタルホ名義だった。イナガキタルホ名義のバージョンは、今では価値が高まっていて、2万円近くする。

稲垣足穂は一千一秒物語について、これよりのちの作品を例に「私が折にふれてつづってきたのは、すべてこの作品の解説にほかならない」と語った。一千一秒物語は、それほどまでに心血を注いだ一作であり、まさに後にも先にもない、この世に一冊だけの幻想的で遊び心あふれた、センセーショナルな作品になっている。

20代の稲垣足穂は、星や月に異常な愛情を注いでおり『天体嗜好症』『星を売る店』『星を造る人』などの作品をリリースした。26歳にして「文藝時代」に参加。川端康成や横光利一などとともに、新感覚派の一人として数えられた。新感覚派については、以前の記事で軽く触れているのでどうぞ。

このころの稲垣足穂は、その斬新な文芸作品が非常に注目を集め、横光利一や江戸川乱歩からも作品性を絶賛される。ちなみに稲垣足穂は熱心な同性愛(今でいうBL)研究家であり、かつショタコンだった。江戸川乱歩とはショタコン友だちだったわけである。

しかしこの後は暗黒期で、30で佐藤春夫と喧嘩別れしたあと、文壇に出てこなくなり、実家の衣裳店を継ぐも火の車で、しかもタバコと酒に溺れて借金地獄となり、家賃が払えないため各地を転々とする。もうこのころは、確実にキングボンビーを背負っていた。

しかしこうしたなかでも執筆を続ける。金星堂とは縁が切れたものの、代表作の一つ『弥勒』をはじめとして『ヰタ・マキニカリス』『少年愛の美学』などを発表。少年愛の美学に関しては、ちょっとあとでちゃんと書くね。これほんとにおもしろい作品だから。

その後、転機となったのは三島由紀夫の「稲垣足穂氏の仕事に、世間はもっと敬意を払うべき」という言葉だった。この辺りから文壇での稲垣足穂の評価はまたうなぎのぼりになり、69歳にして『稲垣足穂大全』が刊行されると「タルホブーム」という一種のカルト的な盛り上がりが起きた。その後も飛行機や幻想世界、天体、少年愛などにまつわる作品を次々に発表。1977年にがんと肺炎で亡くなった。

稲垣足穂の主要な作品を紹介してみよう

そんな稲垣足穂の書籍はよく「奇書」といわれる。それは他ならぬ稲垣足穂の独特な視点と、いわゆるスタンダードを無視した、完全にオリジナルな文章形式によるものが大きいからだろう。

ではそんな"奇書"について、見ていこうではないか。

一千一秒物語というタルホをタルホをたらしめた作品

先述したとおり、一千一秒物語は「これより先の本はすべてこの作品の注釈だ」と自ら宣言するほどの足穂のアイデンティティが詰まった話だ。ほとんどの方がこの作品からタルホ・ワールドに入っていくのではなかろうか。私もその1人である。

「さぁ皆さん どうぞこちらへ! いろんなタバコが取り揃えてあります どれからなりとお試しください」

そんなサーカスや夜市のような軽快なプロローグから始まり、70つ(改訂前は68)の詩とも物語とも取れないような"文章作品"が並んでいる。短いのだと3行しかない。この構成が今読んでもかなり奇妙だ。当時は海外でダダ・シュルレアリスムがきていた時代であり、その影響を受けたともいわれている。

話の内容は70篇それぞれで違うが、星や月などの天体を擬人化したものが多い。星を鉄砲で撃ち落として追い回されたり、月をロープで捕まえようとしたり、月を食べてみたり、稲垣足穂の自由で無邪気な側面が出ている。

またテイストは少しアメリカナイズされているのが特徴。これも当時アメリカで流行ったドタバタコメディの影響が出ている。読んでると、頭の中でトムとジェリーが主人公のような気がしてくる。とにかくバタバタしてて楽しい。かと思いきや、突如月をバックに佇んでみたり、ノスタルジックな描写もある。

そして最後はこう締め括られる。


今晩のあなたの夢はきっといつもとは違うでしょう

このあまりに鮮烈作品に対して芥川龍之介は「三日月に腰掛けているイナガキ君(中略)君の長椅子には高くて行かれあしない」と賛辞を送り、星新一は「ひとつの独特の小宇宙が形成された」と評した。

一千一秒物語の解説は以下の記事に詳しく書いています。

『少年愛の美学』で描いた「A感覚>V感覚=P感覚」という構図

また、天体と同様に稲垣足穂といえば、同性愛・少年愛などのエロティシズムだ。

名著『少年愛の美学』では「A感覚とV感覚」なる、いわゆる人間の体を筒に見立てて、エロティシズム論を展開している。

A感覚とV感覚とは、もとはフロイトが哲学的に性的興奮を述べたもので「A(アヌス=肛門)、V(ヴァギナ=膣)、P(ペニス=陰茎)で、基本的な性的関係は構築される」といった概論だ。

「PとVの性的な興奮は、結局Aの代替物にしかならない」という「肛門中心の世界」を論じた。稲垣足穂は、ならではの観点でこのA・V・Pの論点を拡大解釈して書いている。これは性世界だけではなく、あらゆる衝動的欲求に結びつく。といった内容である。

ただし決して学術書ではないし、論文でもない。きちんと物語のなかで書いているのが偉いところだ。

だが、人によってはきついと思う。スカトロジーの話が長いから。だからあまりお勧めはしないが、稲垣足穂独特のつかみどころのない曖昧な筆致が私は好きだし、この角度でのエロティシズム論が斬新で、今でもたまに読み返して笑える。少年愛大好き人間で有名な澁澤龍彦が後書きを書いていて、愛が伝わってくる。ちなみに三島も(おそらく)ゲイなので、稲垣足穂の著作に感動したのかもしれない。

【2020年】稲垣足穂はまだ青空文庫で読めないぞ

稲垣足穂の著作を青空文庫で読めるのか、気になっている方々がいらっしゃるようだが、公開されるのはまだ全然後だぞ。稲垣足穂が亡くなったのは先述した通り、1977年の10月25日です。青空文庫は著作権切れの死後70年が経過した作家しか公開できない。

稲垣足穂が青空文庫で公開されるのは2047年の10月26日となる。いま20歳の方であれば、47歳でようやく読める計算だ。

いや、もう買おう。文庫版だと、そんなに高くないからすぐに書店で買い漁ってほしい。

稲垣足穂は究極の少年である

とまぁ、ここまで大好きな稲垣足穂について書いてきたが、これ以上書くと、今晩の夢で文豪からおかまを掘られそうなので、ここらで締めておこう。

稲垣足穂は結局のところ、ずーっと子どもだったのだと思う。ヒコーキ、天体、映画、絡繰、機械などなど、少年が好むファクターをすべて兼ね備えているような人だ。だから同じ無垢な少年のことを、心の底から好きだったのかもしれない。

その筆致はかなり賛否両論がある。一千一秒物語のぶつ切りになった文学体系も、少年愛の美学のあちこちに話が飛んでしまう展開も「読みにくい」と言われればそれまでだ。ただそんなレベルの話は置いといて足穂の文学はどこまでも自由なのである。

だから奇書といわれるが、いや違うぞ、と。みんなが勝手に大人になっただけなのだ。上手いとか下手とか、まとまってるとかどうとか、そんなオトナな皆さんを、足穂はヒコーキに乗って月の周りを回遊しながら、ちょっと酔っ払って笑ってるに違いない。なかなか大人になれない私たちは、子どものまんまで稲垣足穂と遊んでいたいのである。

では、最後にそんな足穂の名言で締めくくろう。

男には冒険とオモチャが必要なんです

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