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小さな弟

「ちょっと、あんた待ちな!」

友人と夏休みに七ヶ宿町へ遊びに行っていた時だった。

七ヶ宿は、その名の通り7つの宿場があった町。
昔は多くの旅人が行きかった場所だ。
現在は高齢化がすすみ、
観光客が町のにぎやかさを保っているように感じる。

大きなダムがあり、底には昔の村が沈んでいる。
水の中にある町、考えると恐ろしくも浪漫がある。
夏にピッタリの大きな滝もあり水遊びもできる。


友人とその滝を目指している途中に
立ち寄った自動販売機で声をかけられた。
あきらかに地元民な農作業の途中のような服装のおばあちゃんが
私の目を見て言った。

驚く私の前を通り過ぎ、
おばあちゃんは自販機のそばにひっそり建つ
お地蔵さんに赤ちゃんのよだれかけみたいな
赤いものを付けなおしながら、話し続けた。

「あんたには弟がいるよ。
 弟ば、名前もつけずに、ろくに弔いもせずにいる。
 きちんと名前ばつけて、
 あんだのかあちゃんと手合わせらい。」

おばあちゃんが当たり前のように言った。
けれど、残念ながら私は4人姉弟の末っ子だ。
弟はいない。
友人たちもぽかんとして、そのおばあちゃんを見ていた。

「信じねたら信じねたくてもいい。
 ただ、あっちの世界で大きくなってあんたのこと見てる。
 あんだがこうして元気にいるのを
 幸せそうに見ててくれている存在だ。
 感謝すたってバチなどあだんねべ?
 あんだ、陰膳って知ってか?」

私を首を横にぶんぶんふった。
おばあちゃんは怒ったりはせずに優しく話し始めた。


「陰膳つうものは、
 亡くなった人や遠く遠くにいる人に向けて、
 お出しする食事のことだ。
 昔はな、戦争に行ってしまった人にも
 無事に帰ってこれるようにって出したもんだ。

 あんだの弟は、
 赤んぼの時に天へ帰っていったから、
 ご飯でなくてもいい。

 そもそも、大事なのは中身でねぇ。
 気持ちだ。

 あんだの好きなお菓子だの食う時、
 お皿にいれて一緒に置いとけばいい。

 食べてね。
 ってちゃんと心で思うんだ。

 そすたら、喜ぶ。
 あんだのこれからさ、
 きっといいようになる。やれな。」

おばあちゃんはそういうと、
お地蔵さんに元々ついていた
古いよだれかけみたいなものを持って
さっさと行ってしまった。


「ねえ、きみちゃんに弟なんていないよね?
 なんなんだろうあのおばあちゃん・・・。」

友人が小さな声でこそこそ話しのように私に話す。

私もわけがわからなかくて、
なんだか少し気味が悪い気も、
とても良いことを聞いた気もして、
すっと体が寒くなった気がした。

いつもはうるさいはずのセミの声が、
なんとなくありがたかった。

私たちは予定どおり水遊びをして家に帰ってきた。
ひんやりした水は
日焼けした肌をすっと冷やしてくれて、
水しぶきを吸い込むと
体まですっきり冷やしてくれた。

お菓子と飲み物を買うために寄ったコンビニで、
私はなんとなくお菓子を多めに買って家に戻った。


「ただいま~。」

「おかえりなさ~い。汚れものすぐに出してね。」

おかあさんがこっちを見ずに、
キッチンでご飯を作りながら言った。
私はドキドキしながら、わざとふざけたように言った。


「お母さん今日変なこと言われたんだよ~!なんか私に弟がいるとかなんとかって~。なんなんだろうね~」


私がそう言うと、
お母さんは真面目な顔で私を振り向いた。
心臓がギュっと縮こまる。


「それ・・・誰?なんで知っているの・・?」


お母さんは、顔色が真っ青になっていた。
そんなお母さんの様子に私まで胸がドキドキして、
背筋がスッと寒くなるのを感じた。
お母さんは大きくため息をついて、
そして話してくれた。


「いたのよ。本当は。あなたの下に。
 でも、その子はお腹の中で死んでしまってね。
 お母さん、そのころお金がなかったの。

 これ以上子どもなんてできたら、
 あんたたちを育てていけないって思っていた。
 だから、必要以上に重いものを持ったりも
 無意識にしてしまっていたのね。

 病院にも一回きりで、あとは行かなかった。
 ある日、うんとお腹が痛くなって・・・出てきたの。
 まだ男か女かなんてわからなかったし、
 お父さんにも誰にも内緒にしていたから・・・。

 その場をきれいに片づけて、
 小さなハンカチに包んで、
 お家のお墓の端っこに埋めたの。
 ごめんね、ごめんねって。
 
 そっか・・・。男の子だったのか・・・。」


お母さんの目に涙が浮かんでいて、声が震えている。
私はなんとなく目をそらした。

あのおばあちゃんの言ったことは正しかったんだ・・・。
私まで、なんだか胸が熱くなって鼻がツンとしてきた。

どんな気持ちだったのだろう。
たった一人きりでまだ小さすぎる子を産んでしまった母も・・・
そして、生きられなかった弟も・・。

「・・・その人他に何か言っていた?」


お母さんがまだ少し震える声で聞いた。
私は、陰膳のこと私のことを見てくれていることなど、
あのおばあちゃんが言っていたことを話した。
お母さんはすごく真剣に聞いてくれた。

お母さんはすぐに、
食器棚から子ども用のお皿を取り出しきれいに洗って、
できあがっていた夜ごはんのおかずを盛り付けて
お子様ランチみたいなものが出来上がった。

私も帰り道で買ったお菓子を小さな器に盛りつけた。

「本当にかわいそうなことをしてしまった。
 今こんなに生活が落ち着くなら、
 ちゃんと育ててあげられたかもしれない。

 優しいこ、優しいいい子・・・本当にごめんね。
 お母さんは声をなんども震わせながら、
 かわいいお子様ランチに手を合わせた。
 私も震えるお母さんの背中越しに手を合わせた。


その日の夜。不思議な夢を見た。
駅にある噴水でたくさんの鳥が水浴びをしてる。
みんなとても気持ちよさそうだった。

私はなぜかそこに声をかける。
おーいそろそろ帰るよー!

すると、いつの間にか私の手を握る小さな男の子がいた。
ニコっと笑うその顔はとてもかわいくて、どこか懐かしく感じた。

次の日から食卓には小さなお膳が並ぶようになった。
お父さんもそのお膳に頭を下げてからご飯を食べている。
お母さんは話したのだろう全部を。

あとから聞いたのだが、
お墓に埋めたという場所にはもう何も残っていなかったそうだ。
でも確かにそこに埋めたということで、
少しの砂をお墓に入れ、しっかりお経をあげてもらい弔ったそうだ。


知らなかった小さな弟。夢に出てきた男の子。
ありがとう、いつか一緒に遊ぼうね。

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このお話は3つの実話を織り交ぜて作ったお話です。
七ヶ宿のおばあちゃんは、それ以降必死に探してみたそうですが、
会うことはできなかったそうです。



誰かから聞いた宮城県にまつわる不思議なお話を
不定期に投稿してみたいと思います。
知っているエピソードがあれば、
ぜひ教えて下さい。

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