軍艦巻き

軍艦巻き

しりとり式にテーマの言葉を連鎖させていく掌編小説。
テーマは、ウインドウショッピン に続き  「艦巻き」 です。

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別れた恋人同士が、時間も距離も離れて思い出すこともなくなった頃、あるものを見たり聞いたりしたきっかけで、相手のことをふと思い出す、なんてことはよくあることだ。
お気に入りのキャラクターや、一緒に歌った時代外れの音楽、人それぞれ色々あると思う。

僕は思ったことをすぐに口に出してしまう性格だ。
そのうえ彼女のことが大好きだったから、
「かわいいね」「声が好き」「本当に料理が上手だね」と、それはもう頻繁に彼女のことを褒めていた気がする。
彼女はいつも怒りながら照れて、照れながら怒った。

彼女は寿司が好きだった。
そして寿司が好きである以前に軍艦巻きが好きで、
「イクラとかネギトロとか、そういうネタが好きだとよく勘違いされるんだけど、わたしは軍艦巻き、っていうあの形状がなんか好きなの」
と、なぜか得意気に話していた。

コーンマヨとか唐揚げとか見る人が見れば信じがたいようなものを口いっぱい頬張る彼女を見て、僕はそれだけで幸せな気持ちになる。


「でもね」と彼女が言った。
「好きなの」

「そんなに?」僕は笑って答える。

「うん、あなたのこと」


僕たちはたくさんの時間を一緒に過ごした。
ショッピングも遊園地も映画館も旅行もあちこちに行ったし、その度に山盛りのポップコーンやおしゃれなディナーやご当地グルメ、色々食べた。

なのに彼女のことを思い出すのはそのどれでもなく、安い回転寿司店のレールに乗せられた乾燥しかけの軍艦巻きで、

ふと、なんて軽い調子で思い出すには大好きすぎる人だった。

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次回は
軍艦巻 → 「ャンセル待ち」です。
友人の、ミナミガワ(@minami_gawa)が担当します。

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