一緒に行きませんか?

しりとり式にテーマの言葉を連鎖させていく掌編小説。
テーマは、キャンセル待 に続き 「ケット」 です。

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わたしはライターの仕事をしている。
いわゆる駆け出しの頃は、誰が見るのか分からないような便利グッズのモニター記事や、健康食品のレビュー記事を書いて、本当にわずかなお金を得て暮らしていた。

そんな仕事も長く長く続けているとだんだん信頼されるようになってきて、
今はやっと、たくさんの人が目にする媒体への掲載依頼をいただけたり、
自分の書きたい内容を選べたりするようになった。


昨日の昼頃、一本の依頼電話が入った。
あるライフスタイル雑誌のコラム連載依頼だった。

大切に思う仕事を何本もこなしてきたが、その依頼は群を抜いて特別だった。
わたしがライターになるきっかけともいえる、大好きな雑誌だ。

嬉しくて嬉しくて、電話を切った後に、鼻息が荒くなかっただろうか、と心配したほどだった。


打ち合わせ場所に、大手町駅近くの喫茶店を指定された。
憧れの出版社だ、どんな編集者が来るのだろうとドキドキしながら待っていると、

「いや~すみません、お待たせしました」
と言いながら、誰が見てもぼさっとしていると思う、ただのおじさんが入ってきた。

わたしは心の中でおいおいまじかとつぶやきながら、にこやかに握手した。
名刺を見ると、信じがたいが正真正銘あの出版社の編集者だ。

ウエイトレスが注文を聞きに来たが、
彼は「僕は後で頼むのでお冷だけください」と言ったので、わたしだけブレンドコーヒーを注文した。


「さて早速ですが、今回お願いしたいのはこちらのコラムページです」
そう言いながらバックナンバーを数冊取り出す。

「これまでは食をテーマにしていたのですが、
来年度からは館をテーマにしていきたいと思っていまして」

「館、ですか」

「はい、日本全国に色んな館がありますよね」

館、と聞くとピンと来ないが要はこういうことだ。
全国にある映画館や博物館、美術館、水族館といった施設を回って、
見てきたものや抱いたイメージ、思い浮かんだ言葉を素直に表現してほしい、との話だ。
写真とイラスト付きの見開き1ページ。
かなり大きい。

はっきり言って、わたしはとてもわくわくした。
「館」というジャンル分けも、そこにわたしを選んでくれたことも、
大好きな雑誌の一部になれることも、喜びでしかない。

連載ということもありこれまでにない大きな仕事で、同時にとんでもなく責任感のある仕事でもある。
とはいえわたしは書くことの、書けることの喜びに武者震いをした。


「まず初回なんですけど、都内の有名な美術館でいこうと思っています。
ちょうど人気の特別展もあるし、話題性が高いかなと」

「わかりました。では展示品についての情報は下調べしておきますね」

「はい、ありがとうございます。快諾してくださり嬉しいです。
今回依頼をさせていただいたのは、飾らない文章が非常に気に入ったからなんです。
あちこちでお見かけしていましたが、どの文章、エッセイだけでなくレビュー記事を読んでも、
きっとこの人は本当にそう思っているんだろうな、というか、嘘を書いていないな、っていう気がしたんです。

この連載は写真付きということですが、美術館や博物館といったような場所だと、どうしても撮影禁止の場所も多いんですよね。
そんなときにあなたはイラストもお上手なので、そういった情報不足も違和感なく埋めていただけるんじゃないかなと、そう思ったんです」

大手出版社だ。
依頼する相手も、関わる人もとんでもなく多いだろうに、
ざっと見ても20歳は年下のわたしに、こんなにも丁寧に接してくれる。

「ありがとうございます。実はわたしがライターを目指したきっかけは、この雑誌なんです。
その編集者の方にそんなお言葉をいただけるなんて、もう本当に光栄です」

「そうだったんですね。誰かのきっかけになれていた、それは僕にとっても嬉しい話です。
あ、そうそう。チケットを手配したのでお渡ししますね。仕事ではありますが、一応二枚お取りしておきましたので、どなたかお好きな方と」

「そんなそんな、お心遣いありがとうございます」

「いえいえ。それとあとは締め切りに関してなんですが。
あっ、そうだ僕も注文してもいいですか?」

「もちろんです、どうぞどうぞ」

すみません、そういって彼はウエイトレスを呼んだ。
「アイスココアをクリーム増量で」

「甘いものはお好きですか?」
「あっ、はい好きです」

「じゃああと、チョコレートパフェを二つお願いします」

ウエイトレスがキッチンに入っていくのを見届けると、
「ここのパフェ、美味しいんですよ。これをおすすめしたくて今日この場所にしたと言っても過言ではありません」
曇った眼鏡の奥で、彼は嬉しそうに笑う。

パフェが届いた。
長細い器に長細いスプーンを入れ込む。
アイスクリーム、バナナ、生クリーム、チョコレートソースの繊細な層の中をスプーンが分け入っていく。
言った通りだ、すごく美味しい。


「それでそう、締め切りなんですが、一旦2週間後でお願いします。
ちょっと他の進行具合によって多少の変動はあるかもしれないのですが」
そう言って今後のスケジュールと取材詳細の資料を広げていく。

打ち合わせと生クリーム。
似合わないふたつが共存しているこの時間に、わたしはときめきを隠せなかった。

打ち合わせの時にブレンド以外を頼む人は信用に値する。
これまで幾度となく打ち合わせをしてきてわたしが出した答えだ。

目の前のおじさんは、右手に資料、左手にパフェスプーンを持っている。
これまでで最高の仕事をしよう、心に誓った。


「流れはざっとこんな感じです。変更点等あれば、追って連絡しますね。ご質問はないですか」

「はい、大丈夫です、問題ありません。ただひとつ、お願いしてもいいですか」

「お、何でしょう」

「今日お会いして、お話を伺って、なんていうかその、心がぐらっとしたんです。
大きな仕事だから、大好きな雑誌だからということではありません。
いえもちろんそれもありますが、もっと単純でもっと純真に、ただ書きたい、って思いました。

お忙しいでしょうし、初対面の方にこんなことを言うのもおかしいというのは分かっています。
ただ、あなたがいたら絶対にいい文章が書ける、そんな気がするのです。

いただいたチケット、二枚あります。
一枚はあなたにお渡ししたいです。一緒に行ってくれませんか?」

いま思うとぞっとする行動力だ。
しかしこの直感は、どうやら大正解だったようだ。


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次回は
チケッ → 「締り」です。
友人の、ミナミガワ(@minami_gawa)が担当します。

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