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【読書】一流人とか成功者への崇拝に足を救われました…

今日はビックリした。
私がここ3年くらいずっと
モヤモヤしていたことを
スパっと言語化された
エッセイに出会ったから。

オードリーの若林正恭
『ナナメの夕暮れ』

「一流の人と交際しろ、
一流のものを持て、
一流のものを食べろ。

ギラギラしたおじさんに
言われることが多い」


私も昔は、一流一流言ってました(笑)。
当時に若林と会っていたら、
私も嫌われたでしょう。

でも、さすがにもう今は
一流一流うるさい人は
やばい人だとわかります。

noteでも、一度、コメント欄に
「一流一神教」の
コンサルタントに一流話をされ、
モヤモヤしたことが。

「自分は成功し、
周りもそんな一流人間だが、
私らみたいな一流人はみな
こうした作法で生きているんだ。
キミもそうしたまえ!的な」
(苦笑)。

若林の気持ちや腹立ちは
だから、よくわかる。
若林は続けてこう書いている。
「欲望がないと人間は向上しない?
なぜ、一流のものを手に入れる
ことだけを欲望だと思うのだろうか。
安くてそこそこいいものに囲まれながら、
平凡な家庭を築き、
気の合う仲間とだけ楽しみ続ける人生を
目指すことは
欲望ではないのだろうか?
それを実現し続けることは
とてつもない奇跡だし、
難しいことだ」


ああ、そうかあ。
一流人間と違うそれなりの
平凡な人生を手に入れるのも、
また、大きな欲望だし、幸福だったか?
つい、一流かそうでないかで、
自分自身を、
また、自分の仕事を、
また、同じ漫画編集者を、
また、漫画家を、
そんな基準で見てきた。
そんな私に今、天罰が
下っているんだ。

一流かどうかは、なんとなく
空気のように決められてるにすぎない。
一定の、特定の人たちによって。
そのレールに乗るか、乗らないかは
個人の自由なのに、
最近はマスメディアもネットも
正直、浮わついた話題ばかりで、
人間の欲望の功罪について
本腰で語り合える機会も少ない。

若林の書いてる言葉たちは
まるで私の過去を断罪するかのよう。

若林はさらに続けて書く。
「一流のものに囲まれて
生きることが幸福だと
一神教のように信じている人は、
それを信じない人間が
信じられない。
自分と他人の価値観を
セパレートすることができない」

自分と他人の価値観を
セパレートできない……
そうだ「セパレート」という
言葉使いがピッタリだったのだ。

多様性だ、
豊かさだ、
気取った言葉で
寛容を謳うフレーズは
氾濫していますが、
ビーガンやオーガニックや
ダイバーシティやSDGSを
頭の先から踵まで「信仰」してる人で
たまに私にまで信仰を
勧めてくる人がいます。
立派で正しいと思い込んでるから。

でも、立派で正しいことで
全身、バリバリに武装してる人は
たいてい、何かしら怪しい。
人間はそんなに美しい生き物では
ないからだ、そう私は感じるんです。
どぶ川で育ってきた人間の直感。

まあ、こんなにモヤモヤと
体内に温存してきた気持ちを
言語化してくれる本に
出会えるのは、めったにない。
だから嬉しい。

あの『激レアさん』や
『あちこちオードリー』で
フル回転で、春日やゲストに
厳しいツッコミをいれる
若林がなぜか前から好きでした。

今日からはもっと好きに
なりそうです。
やばい、若林信者になりそう、
(笑)。

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