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漫遊記(自転車関係②)

やっとこさ長野とか語れるw、順番で行くとどこからになるのだろう?。
中部地方と言ったらいいのかな?。
北から順に行くと北陸な富山、石川、福井からか・・・。
順に行こう。


・富山県

今では富山県とか遠征事は少なくないと思うが昔は多くなかった。
富山で古く遠征事といえば北陸シクロクロスの常願寺。
これも載せていってもらった感じかな?、まだ当時は駆け出し中だったしそれこそこの前も書いたようにパワーがあったのだろう。

コースには関西から来た我々のためにと大量の水をまき散らしてくれていたwのが良い思い出だ。
僕のクロス人生黎明期でも今でも覚えてるレース。
競技以外では意外と行ってるようで金沢とか行く感じで自転車持参で行ってるようだ。
当然家の旅行を兼ねて行ってるので途中でマウント・ディスマウントよろしく親と合流したりしている。

また石川県から富山へポタリングとか白馬から糸魚川へ抜けて北陸道経由で帰るとか自転車関係のイベントでも通過点ではあるがおとずれている。

・石川県

石川県も訪れた回数は結構多いのではないだろうか、Jシリーズでは瀬名高原スキー場には何度足を運んだことか、スキー場が閉鎖されも一つ向こうの一里山温泉スキー場に変わっても赴く頻度は変わらなかった。

この辺のレースが終わってからは地元の回転寿司店「きときと寿し」に関西お馴染みのグループで寄ることが多かった。

この石川県ではハッキリ言って選手として走ったことが無いように思う、帯同かプライベートごとのポタリングとか。
今は少し行ける感じではないだろうが能登、輪島は旅行兼て行ってる。

当然海岸線沿いなので起伏はそれなりにタフなところはある、めげそう・・・アワイチとかないなーと思える瞬間である。

結構色々としてるものだ、当然能登方面だけでなく金沢市内もカフェ散策や美術館などおとずれている。

どうやら石川県を巡るときはロードが多いようだ、どこに行くにもロードバイクだ、行ってる年月が違うのに・・・面白いことだ、進みやすかったのだろうか?。

意外と自転車で行っててビックリだ。
千里浜やそんな海岸線も行ってる。

・福井県

次は北陸3県でも比較的よく行く福井県、恐竜県だ。
思い出はまだ駆け出しのころジャム勝山で行なわれていたコラテックのカクタスカップ(みんな覚えてる?)。
その時在籍していたチームのマウンテン班との参加、確か安く泊まれるプランがあってこれも修学旅行のように楽しんだ。
その中でも思い出深いのがエリートライダーと耐久のチームを組んだからポディウムに乗れたこと、後にも先にもこんなことはない(ハズ)。
それにこの時はまだ知らないジャック・スパロウに会う。


後々に物凄く仲の良い友達になる、デスラー総統でサイヤ人でありトナカイでもあるw。

東尋坊のそのまた奥とか、

越前海岸とか。

海辺は満喫、黄昏コース、温泉入ったりいい時間を過ごした。

中でも福井と言えば言ったように恐竜県、僕もそれに倣う。

色んなシチュエーションで恐竜博物館は訪れているようだ、確かに勝山のローカル線沿いに終点まで行ったことを覚えている。

今思えば笑うようなことをしている。
勝山駅から恐竜博物館までは少し登りだが良い塩梅だ。

これも醍醐味である。
当然グルメも堪能。

ごちそうさまでした。

・長野県

いよいよ来ました長野県、この地は古くJシリーズでは”さのさか”とか写真はまだガラケー時代でデジカメもそれほど普及してない時。

さのさかは古くからJシリーズが行われているが僕が行ったのはさのさか終盤の何回かだ。
その近くに会場は後々移るが白馬スノーハープとかシングルスピードの祭典SSJは岩岳とか(岩岳はJもあったね)。
白馬周辺はJシリーズ、SSJなど事あるごとに訪れている。

色んな意味での聖地「木崎湖」行ったりw、白馬村へ入る前のそば屋へ寄ったり。
わさび園寄ったこともあったな・・・。

長野遠征ではほぼペンション利用、白馬の時は何度かここを利用している、
温泉も近いし会場もどこをとっても近い。

白馬系のレース後には「グリンデル」って方たちは多かったのではないだろうか?、ベーコンものが良かった。

白馬はペンションも何軒か訪れては色々と温泉も浸かる、今はその温泉もインバウンドとかでいっぱいと聞く・・・、なかなか昔のように泊まったり温泉は入ったりって難しくなってきてるのかな?。

さのさか、スノーハープとくれば岩岳が来るのだが僕は僅差でJシリーズの時の岩岳を知らない。
岩岳の存在は知っていたのだが、訪れるのはシングルスピードの祭典でとなる。

岩岳でのワールドカップでは異文化コミュニケーションな感じで様々な国の選手とレセプションパーティーの後も語らったりした。

その後もコミュニケーションは続く。

これからの記憶が結構飛んでしまってる、カナダやベルギー、その他の国の選手とダベっていたのだがその時僕はハロウィーンのかぼちゃ🎃の着ぐるみ姿だったのだが・・・・、

ハロウィーンのカボチャオレンジの僕。
これがどんないきさつだったのか?、

隣にいた彼女が着ているwww。

だいぶ酔ってたもの海外選手はタフだ、僕なんかへべれけだったもの。
その夜はどうやって車中泊していたかあまり覚えていない。
翌朝起きた時に思ったのは岩岳走るのに前日ビール飲んだりとかストイックな競技ではありえないんだろうなということ。
しんどそうだな~と思いながら準備を進める。

こんな雰囲気なら走らないわけにはいかない。

結構酷いがw前年度のSSJから僕はメイドスタイルでキメていた。
この岩岳はすごくタフだ。

心臓破り過ぎる激坂w。
走ってる姿を意外と撮ってもらえてて嬉しい。

岩岳のコースはタフだと認識した世界選手権だった、そもそもクロカン選手でもない僕はそれほどグリーンシーズンのスキー場は走ったことが事が無いので余計にしんどかったのだろう。
致命的なエラーとしてボトル装備を忘れていたことだ、今回のコースでは要ること間違いなし、とはいえいい思い出になった、今後も忘れることはないだろう。

記念ジャージに升、レーザープリンタされたコグにゼッケンプレートが良い記念品だ。

次も記憶に残る野辺山は滝沢牧場、野辺山シクロクロスです。

以前も少し触れたが

滝沢牧場でのシクロクロスは第1回から来てる。
その時は観戦だけで、朝起きて思い立って車を出してギリギリC1が始まる前に着いたのではないだろうか。
参加は翌年から、この第1回大会を見ての参加であって以後数年は仲間うちで遠征、それ以後が旅行がてらと変わっていった、そう倒れるまでは。

時には雪、雨、色んな天候を経験した、それでもシングルスピード選手権は格別のステージに変わった。
サンタクロース、僕のスタイル、シクロクロスの祭典ではあるがそれは競技しているものの意見。
そんな親たちに無理やり?連れてこられてる子供たちに来てよかったと少しでも思ってもらえたらと思ったのが発端。

泥だらけが普通の光景も翌日のDay2は観戦メインに晩年は変わっていった。
翌日はジャージ姿ではない時が続いたような・・・w。

もう野辺山シクロクロスの場はDay1のシングルスピードはサンタクロース、翌Day2は観戦となっていった。
もう大会はひと段落ついておわったかんじだがまた訪れたい場所の一つだ。

毎回のように大会公式Tシャツ購入のために並んだものだ。


お次も参加回数は少ないが思い出は多い白秋バイクロア、北杜。
最初は単独で観戦、翌年に家族旅行兼て、次は友達とキャンプ、な感じでイベント内容同様にゆるく参加。
Day2のメインイベント「オウルクラス」には参加せず僕的にはDay1最後の「ファイヤーレース」がメインイベントになっていた。
自転車の運動会なんでもありなもうハチャメチャなイベント、お祭り騒ぎそんな言葉がよく似合う感じだった。

当然のことこれも両親連れての旅行にしていた、北杜から富士見パノラマ、諏訪湖と、感の良い皆様ならわかることだろう。
両親と一緒=飲める、北杜から富士見=観戦、そうガッツリ自分のことなのだw。

北杜入りするも事前にサントリーに寄りテイスティング、もうこの頃からシングルモルトウイスキーは高騰してきててここでは目当てのモノが買えなかったりしてた。

バイクロアは段々と広がっていって各地で行われてる、そういう文化がもっと根ずくといいね!。

白秋バイクロアと続けばそう富士見パノラマ。
JシリーズにMTB全日本、Jからcj(クップドジャポン)と変わっても何度行ったことだろうか。
富士見パノラマでの宿はほとんどペンション村、ショップチームのマウンテン班での宿泊がほとんどだった。

ものすごく優雅な時間だがレースDayな為に比較的朝は早かった、チャレンジが始まるころにはアップを済まさなければならない選手もいるからね。
チャレンジ、エキスパート、エリート、その時間の合間を狙ってダウンヒルCコース下った時もある。

富士見はいい、なんて素晴らしいんだろう。

特に仲の良いみんなで大人の修学旅行よろしくワイワイ楽しみながらの宿泊は日々の仕事から解放される、各々違う職種の人間がそんな話は抜きに自転車の話で盛り上がったり、ほかのことでも話すのだがほぼ仕事の話は出てこない、それが居心地の良さだったのだろう、マウンテン班で遠征事が続いた要因だろう。

カブトの鉄板ナポリタン好き!。

レース前、レース後は諏訪湖ってときとかも優雅、レース後の片倉館の千人風呂が心地よかった。
富士見パノラマはバイカーズの時もかなり行った。

ツーリングイベントにばかり参加していたようだ、古くは今で言うMTBO(マウンテンバイクオリエンテーリング)みたいな富士見町全体を使ったラリーみたいなのとかにも出てことがあった、この時はまだフラットペダルだったのを覚えてる。

ツーリングイベント参加は数年続いており中にはグルメライドと称して富士見町の美味しい野菜や最後のポイントでバーベキューにカレーがふるまわれたりと物凄く有意義な時間だった。
バイカーズに関しては最初の方だけマウンテンバイク参加で後のツーリングイベントなどはシクロクロスでの参加になっていた。
コレは別にバイカーズに限らず普段のツーリングなどがほとんどシクロクロス使用になってきたことに起因する。

このツーリングで笑い話がある。
写真のようにカートンケージに紙パックの飲み物がこの時の僕のツーリングスタイルだったのだが、今でいうグラベルツーリングでの使用はあまりなかった。
何口か飲んだ後カートンケージにしまってダウンヒル。
この時カツンカツンとダウンチューブに跳ねる小石の音。
その直後ドバドバと滝のように流れ出る乳酸飲料・・・、
そう小石が跳ねて紙パックを破ったのだ・・・。
ああ僕の給水、ダウンチューブがねとねとであるw、あらえば済むのだけれど、途中のエイドがホントの給水になったのはいうまでもない、ボトル大事。

ダラダラと長野だけで結構なボリュームになった、この辺できって続きの東海とかは次にしよう。
北陸と長野だけだったな・・・。

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