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人はいつからデスボイスを聴くようになるのか (1/2)

最近はずいぶんデスボイスが人口に膾炙してきて、二十歳そこそこのバンドもぎゃー言ってるし、アイドルちゃんでもぎゃー言ってる。時代も変わったもんですわ。

ある時まではデスボイス=音程の無い曲→趣味の範疇外という認識だった。音楽は基本的にメロディを積み重ねていくものだと思っていたので、デスボイスはその調和を乱すもの。なのでそれより他に聴くべきものが沢山あるという認識。つまり、デスボイス=聴かない、という扱いをしていた。

ちなみに人生で初めてデスボイスってやつを聴いたのは、よく覚えてないのだが、たぶん大学の先輩が聴かせてくれたナパームデスだったと思う。が、その前に当時のおれにはナパームデスを音楽として捕捉するのが難しかったので、デスボイス云々以前の話だったのだ(笑)。

おれがデスボイスの曲をちゃんと聴くようになったのは、2001‐02年頃から、つまりバンドでライブハウスに出るようになってからだった。

当時自分のバンドに新しく入ってきたギタリストが、わりとデス系、メロデス系が好きな男だった。初スタジオでEmperorのTシャツ着てたしな。それまでメロスピ系志向でドラマ性を重視して、キーボードを入れる?どうする?みたいな話をしていたバンドが、彼のおかげでリフ重視、刻み重視になり、チューニングは下がり、ボーカルラインからメロディが減っていった。彼の在籍期間はそれほど長くなかったが、その影響は甚大である。個人的には今でも彼の影響の延長線上にあると言ってもいいくらいだ。

彼は「音楽でプロになろうっていうなら、毎月10枚はCDを買って聴くべきだ」ということを言っていた。今考えれば実に真っ当な意見だったが、当時のおれには予算的にそれが難しかった。

ライブの度に彼と彼の機材を拾いに彼の家まで車で行って会場まで送るということをやっていたのだが、その道すがら彼が毎月買う10枚のCD(つまり100曲以上の未知の楽曲たち)を聴かせてもらうのがある種の楽しみでもあった。

そこで出会ったのが、まずはArch Enemyの"Wages Of Sin"だった。

シンプルに「カッコイイ!」と思った。リフのキャッチーさ、タイトなサウンド。当時俺が音楽に求めていたものをかなりの割合で含んでいた。

「このアルバムいいね!」と助手席の彼に言うと、彼はニヤニヤしながら「このボーカル男だと思う?女だと思う?」と聞いてきた。当時女性がそんな声出すなんてありえないと思っていたので「そりゃ男だろう」と答えた。そしてその思い込みは間違っていた。

アンジェラ・ゴソウによっておれの中のデスボイスのハードルがグッと下がった。たぶんボーカルが曲にものすごくマッチしていたからということと、譜割りがギターのフレーズにカッチリ合わせてあったのが大きかったと思う。

それまで聴いていたデスボイスの曲はわりとデス系が多かったので譜割りやリズム面で多少ルーズというか、大まかに小節やセクションに入ってればOKという面があり、そこがおれの感覚にはマッチしていなかった。Arch Enemyはそこを埋めた。

不思議なもので、それからいきなりデスボイスのボーカルを聴くことが苦ではなくなった。それまで「あー、デスボイスね…」という感じでどちらかというと避けていたものだが、そういう曲も受け入れられるようになった。

よく考えたら、人間の感情が一定以上に高まった時にはきれいな歌声よりもギャーとかオ゛ーっていう声が出るじゃない?どちらかというと感情という意味ではデスボイスの方が素直だったりするのでは?なんということも思ったりした。

といわけで、ある意味でおれの人生に影響を与えた男とアルバムの話。

そういえばこの "Wages Of Sin" はいまだにスピーカーやヘッドホン選びの際のサンプルとして使っているくらいなので、我ながら相当好きなんだと思う。

次回は、もう一つおれのデスボイス観に影響を与えたバンドの話。つまり、続く!


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