見出し画像

「そこのみにて光輝く」が呈する場所

 あれは忘れもしない16年前の冬、受験を控えたわたしに親が「合格したらアレ買ってあげる」的な交渉を持ちかけてきた。鉄板は携帯、パソコン。わたしがお絵かき少女であればコピック(まだまだペンタブが主流ではなかった)と宣っただろうが、残念ながら(そのころから)歴史オタクで活字中毒だった。御多分に洩れず司馬遼太郎にはまっていた。わかりやすっ。
 司馬遼太郎が好きな子どもがたどり着く先はだいたいひとつ、新撰組カッケェ。しかも時期が悪かった。ちょうどその頃、大河ドラマ「新選組!」を見ていたのもあって熱は最高潮だった。各種漫画も大河ドラマ便乗で溢れていた。一番有名なのは「銀魂」ではないでしょうか。「ピースメーカー」あたりもあるいは。普遍的題材なので、どこかで誰かが話題にしてる感はあるにせよ。
 まあそれはいいとして、何かを買ってもらうか、どこかに行くかで提示された条件は明らかに後者に傾いていた。

母「函館行きたくない?」
わたし「行きたい。土方歳三最後の地とか、碧血碑とか」
母「途中から別行動でもいい?」
言い忘れたが母はGLAYファンである。今でも欠かさず定期的に聖地巡礼を行っている。

 前置きが長くなりました。つまり何が言いたいかと言うと、函館を聖地として扱うのにはそこそこ年季が入っているよということです。
 そのおかげで無事受験終了後、函館に旅立つことと相なり、その後もなんやかんやで函館をヘビロテし、旅先でありながら地図が大体頭の中に入っている(ちなみにそういう街は他にもあって長崎、萩あたりが該当する)というそこそこ重めのファンみたいな感じになってしまった。まあ、そういうこともあるよね。で、今回この「そこのみにて光輝く」という映画があるよというのを知ったとき、アンテナの張りそびれというか、情報収集に消極的になってはあかんなというのをつよく実感した。もっと早くに見ておくべきだった。勢いは大事。

 綾野剛という人は、絶望の只中に於いて光を希求する役がよく似合う。
 バラエティやSNSなんかを見てると、基本的には明るくて前向きで優しくて、すこしだけハングリーなところがあるような印象を受けるけど、自分のことを語るときに結構サラッとしてるというか、相対化するような立場で述べていることが多い。99.8%の役作りと、0.2%のぶれない芯という話は有名だけど、つねにどんな役を生きていても、苦界にあって必死に、懸命に生き抜こうとするような底なしの生命力、気魄を感じることがある。誰にも引けを取らない個性と、それを実現する技術と、根性と、美学。それから忘れてはいけない、やや退廃的な色気。カメラ越しに万人を熱狂させるカリスマ性。いろんなものを既に持っているし、それを使いこなしているのにまだ足りない、まだ至らない、まだやりたいと画面越しに訴えかけているような気がする。
 毎回毎回の仕事が代表作で、新作が出るたびに全力を注いでいる人。応援しがいがあるし、ずっと応援したいと思わされる。
 そういう熱量のある人が好きだ。私がハイペースで狂う人はだいたいいつもそんな感じ。「好きになった時が最も旬」。これは別沼の推しが言っていた。

 この映画自体は2014年の映画で、撮影は2013年の夏に行われたらしい。
 夏の函館、海の質感が重くて灰色で、鈍い色味に感じるはずのない冷たさを感じた。千夏と佐藤が海の中で足を絡めて抱き合うシーンは、そういう言語化されない温度が画面越しに伝わってきた。この話が今でなければいけない理由は殆どないけど、この話が函館で撮られなければいけない理由はいくらでもあったように思う。北海道の中で函館は(道民曰く)もっとも方言が特色あるところだそうで、その特徴ある響きは開幕からライターを借りる拓児が存分に表現してくれる。菅田将暉という人はとにかく耳がいいみたいで、なんせ方言を喋るのが上手い。その天才的な方言センスはMIU404に詳しい(久住が喋る関西弁は明らかに「何かがおかしい」。何がというと難しいけど、東京では目立たない程度に、しかしネイティブが聞くと明確に違和感があって胡散臭い。ANNであんなに自然な関西弁を話しているのに)。函館の街中で電停を探してるときに道を教えてくれた地元のにいちゃんと同じ喋り口調だった。言いようもなく函館、その空気に一瞬で放り込んでくる見事な舞台と画面の作り込み。その時点で見る価値は十二分にある。函館の持つ異国情緒と、地方都市の持つ独特の求心力。それらが絶妙に合致してあの情景を作り出している。
 余談だけど、私の体感としてもっとも「異国情緒」が現れるのは、実は建物の造形ではなくてそこの湿度、温度、空の色だと思う。函館で見た海の色は自分の地元、関西で見る海のどの色とも全く違っていたし、夏の冷ややかな空気も鈍色の海も日本の他ではついぞ見たことがない。対岸の青森では似た海を見ることができたけど、さらに似ている海を見たのはハンブルクだったし、ダンケルクだったし、サンクトペテルブルクのドキュメンタリーだった(流石にもっと寒そうだった)。その「日本のどこにでもありそうな闇」と、「日本の他のどこにもない景色」の合致がこの作品に忘れられない鮮烈な印象を残している。

 原作は80年代、高度経済成長末期の地方都市、紐解けば実はこの街並みは当時学生だったGLAYが闊歩している時代で、イカ釣り漁船の気配だったり地方都市の若者の溢れ出る情熱のようなものが随所に潜んでいたりもするが、映画は携帯電話が出てくるのでそれよりは新しい時代であるらしい。逆にいうとそうした時代感覚を麻痺させて見られてしまうほど、函館という街は悪気なくその時の歩みを止めてしまっている。自分はこういう「時代の歩みを止めてしまった地方都市」に尋常ならざる萌えと感傷があり、故に地方都市にこだわって地方都市に住んでいる側面もあるといえばあるのだが、まさに映画というやつは「脚本」「監督演出」「主演」に限らない、複合的な人間の仕事ぶりがやたら印象を残す側面があって、客としても楽しむ切り口が多様なのが面白い。繊細なヒューマンドラマに彩を添える情景描写、土地の持つ如何ともし難い力、ロケーションの妙。そういう良さを堪能するのに、この作品は類稀なる魅力を持っている。

 かといって俳優陣が負けているかというとそんなことは一切ない。むしろ、筋書きがわかりやすくシンプルである以上、話に深みを与えるのは俳優部の仕事であり、その目論見はこの上なく上手にヒットしたのではないか。綾野剛と菅田将暉といえば国内きっての演技派であり、この二人のガチな掛け合いがこれほど余すところなく見られるのはこの映画くらいである(MIU404への唯一の不満は彼らの直接対峙が最終11話に限定されてしまったことである)。そこに名優池脇千鶴が二人の男にとって様々な意味で大事な女として絡んでくる。血縁とホモソーシャル、恋と欲と光、あらゆる関係性を内外に含有しながらかわされるやり取りはときに救いがなく残酷で、ときに光あふれ甘さに満ちている。清濁が家の中と外に溢れていて、その隙間を生きるような千夏の姿に自分の喪失を重ねる達夫の表情がなんとも魅力的だった。あんな男があんな色気垂れ流して無防備にパチンコ打ってたらダメだろ危ないだろ、とプリン頭の青年にナンパ(広義)されるのを見ながら思うし、夜の街を歩く池脇千鶴のなんとも言えない色香が下衆な男の視線を間接的に感じさせて、彼女の生きる地獄感を引き立てているように思った。幸せを表現するのは簡単だけど、「なんとかいきている」感触を表現するのは難しいと思うので、このあたりは本当にさすがとしか言いようがない。実写映画「ジョゼと虎と魚たち」で彼女を知って以来、何でかしらんけど生活感と不幸感が綯交ぜになった役でよく見る気がする女優さんなんですが、今作も素晴らしかったです。まろやかな訛りもよかった。絶妙なエロスを感じた。なんならエロい役とエロい役が全力殴り合いをしていた。R15だったけど、R18でも成分偽装ではない気がする。
 呉監督の映画は高良健吾オタクだった2015年、「きみはいい子」を割と早々に見てたんですが、さすがに小学校現場では出せないよなあというダダ漏れの色気が今作では大変良くて、大人向けの映画をこんなふうに撮る人なんだ……と見る目が変わりました。
 むき出しのエロがうまい表現者はなにを作ってもイイ、という勝手な持論があるので、今後の作品にも期待してしまいます。

 今回の綾野さんに関して言うなら激重過去を持ったセクシー現場監督という一粒で二度も三度も美味しい役で大変に良かったです。なんでいつもあのヨレッとしたシャツ着てるの? エロくない? 草臥れた雰囲気でふかすタバコに何故かいつも哀愁を漂わせていたのは。遠くを見る目で千夏と向き合ったのは。「心をどこかに置き忘れた男のセクシーさ」が全面に漂っていて、なんだか別に戦闘めいた行為もほとんどしないにも関わらず、達夫からはこの上ないワイルドな野生のにおいがするような気がしました。戦闘能力とかで言えばもう一人の方の佐藤(死なない人)や蘇我くんのほうが高そうだけど、重い過去を携えて時折遠い場所へ置き忘れた心を懐かしむ、妻子を抱えて苦界を生きながら贖罪の苦しみに喘ぐ、そういう人物像がひしひしと伝わってきたのでした。なにがやべーって情熱大陸に準拠するならこの役が「最高の離婚」からの「空飛ぶ広報室」後の仕事ってことです。直前の二人とあまりにも違いすぎやしないか????? 巷ではホームレスと御曹司の落差が話題をかっさらっていますが、肩書きを度外視するなら私はここの落差が一番すげえと思います。生きていく能力の高さ低さも込みで作り込む演技の凄まじさよ。絶対同じ人じゃない。

 さてそうこうしてるうちにホムンクルスの公開が近づいてきました。ホムンクルスめちゃ楽しみ。原作ようやく履修し始めたけど、どこまで合致するんだろう。
 公開初日は無理ですが月曜には見に行けそうな予感。しなきゃいけないことも多いですが、諸々後回しにしつつ行ってみたいと思います。

 では本日はこの辺りで。またよろしくどうぞ、では。

頂いたサポートは映画、文学、芸能、またはそれに類する業界に正規の手法で支払います。より良い未来を、クリエイターの幸福を、未だ見ぬ素敵な作品を祈って。