ヘルスケアとデザインをつなぐ、いくつかの本
まえがき
看護師からデザインやエンジニアリングの領域に飛び込み、さらには学問として学びを深めていこうと思ったときに、一番苦労したのは「言葉」を持っていないことでした。
同じ日本語を使っている故になかなか気付きにくいですが、医療もデザインも専門的な当たり前が数多く隠れている、互いにコンテクストフルな領域です。医療とデザインのコラボレーションをしていく場合には、お互いの価値やゴールラインの捉え方などが"暗黙の了解の中すれ違っていく"ことが多く発生していくことが数多くあります。
恥ずかしながら、修士課程でデザインの勉強をさせていただときには、先生たちに考えをデザインの言葉でうまく伝えることができず、さらにはデザインの言葉でレビューをもらっても理解が追いつかないということがありました。(自分の取り組みに自信が持てなくなることも...)
そんな私も、いくつかの本を足掛かりに、デザインと医療・看護・ヘルスケアの領域を行き来できるようになりました。
特に力になった本を紹介できたらと思い、おすすめの本をピックアップしました。
前提:
・看護師がデザインの学問を学ぶ足掛かりにした本を選書しました
・医療・ヘルスケアとデザインの領域に携わる方におすすめの本です。デザイナー、医療職の人にも読んでもらえたらと思ってます
・医療に関する前提を学ぶ選書は少ないです
ヘルスケアとデザインの全体を知る
狭義の医療ではなく、広義である「ヘルスケア」の領域についてとりあげ、デザイン・プロトタイピングとヘルスケアについて書かれています。ヘルスケア領域のデザインに関して、横断的に書いてある本はこれまでなかったため、とてもおすすめです。
この本は、「あとがき」と専門用語の翻訳のサポートをさせていただきました。
ヘルスデザインシンキング
サービスデザイン
価値を共創するためのデザイン領域。いわゆるクラシカルなデザインの領域ではなく、長い時間軸の中で価値を生み出していくことについて捉えることができる。医療の中でもゴールラインを明確に設定することが難しい「ケア」の領域では非常に相性が良いといえるでしょう。
サービスデザインの教科書
サービスデザインの本の中には、ビジネス色が強いものも多いですが、フラットに"価値"について考えることを促してくれます。事例の中にも医療の事例も少しとりあげてありました。
Service Design Impact Report : Health Sector
Service Design Networkが翻訳し、発行しているヘルスセクターのサービスデザインの事例などがまとまっています。登録などを行えばダウンロードできます。
インクルーシブデザイン
製品などを作る際に、一般のユーザーとして含まれなかった、高齢者や障害を抱えた方など多様な人たちを巻き込む参加型のデザインの領域。医療の領域でもしばしば出てくる言葉です。領域を学び、良い側面だけでなくインクルーシブデザインの限界について知れると、より学びが深まると思います。
ミスマッチ
「参加型のデザイン」として紹介されることの多い、インクルーシブデザインですが、エクスクルーシブな事例と比較しながら、「排除しない」デザインの考え方についての概念を知ることができます。
インクルーシブデザイン
インクルーシブデザインの事例が数多く紹介されており、実践例について学ぶことができます。
医療安全とデザイン
医療の領域では、デザインは人を助けること、役に立つことのみにフォーカスするだけでは不十分です。デザインが人に与える影響や、過去の悲しい実例にも目を向け、自身の営みについて振り返り、どう乗り越えるかを考えていけると良いのではないかと思います。
悲劇的なデザイン
医療での事例をはじめとした、誰かのためを思ってデザインされたものが人に与えてしまった事例についてとりあげられています。事例も多く読みやすいため、おすすめです。
レジエンスエンジニアリング
少し難解ではありますが、インシデント・アクシデントが発生した場合のレジリエンス(復帰力)について書かれている本になります。医療安全においても比較的新しい概念である、Safety-Ⅱについても書かれており、新しい取り組み行う場合の予測できない未来にどう立ち向かうかの示唆が得られるのではないかと思います。
医療と行動経済学
医療の分野で近年話題になっている行動経済学です。「ナッジ」という言葉が一つの例ですが、人の行為を自然に促すための学問領域です。
個人的に、医療と行動経済学に関して議論する際は、患者を動かすという観点にフォーカスするだけでは不十分であり、「安全性・倫理性」を並列して議論しなければいと思っているため、僕が知る時点で最良の本は見つけられていないので、行動経済学についておすすめの本を1冊だけ紹介しておきます。
行動経済学まんが ヘンテコノミクス
言葉のみでの説明では、難しい行動経済学の領域をまんがで説明しています。まんがと侮ることなかれ、とてもわかりやすいです。
基本知識がない状態で難しい行動経済学の本を時間かけて読むよりは、まずはこの本を手に取ってみると良いと思います。
医療とデザインのコラボレーションの課題を知る
DesignX: Complex Sociotechnical Systems
医療とデザインの領域のコラボレーションはなぜ難しいかについて、論文としてまとめてあります。リンクからPDFをダウンロードできるかと思います。医療の事例を出しながら、モジュール化していくことについて書かれています。
誰のためのデザイン
上記の論文の著者であるD.A.Nomanの有名な本です。デザイン文脈では読んでいる人が多いと思いますが、読んでいなければ是非手に取ってください。また、改訂版の方に重要な内容の追記があるので、買う場合は改訂版を購入ください。
学習まんが「アフォーダンス」
D.A.Nomanの本を読むにあたって重要な「アフォーダンス」の概念をわかりやすく紹介してくれています。
ヘルスケアをマクロの立場で捉える:公衆衛生学
ヘルスケアについて考えるときには、マクロの視点で捉えるということも重要です。公衆衛生学は、マクロの視点で人々の健康を捉える学問ですが、広く学ぶのが大変な領域なので入り口としての紹介です。
公衆衛生がみえる
医療系の人には有名な「みえる」シリーズです。図解でわかりやすく公衆衛生の学問領域について学ぶことができます。国家試験対策用の本だったりしますが、学問の全体や制度まで学べるのでおすすめです。
誰の健康が優先されるのか?
日本では特に国民皆保険があるため、医療資源が有限であると感じてしまうことがありますが、実はそうではないということを突きつけ、倫理学として学ぶことができる本です。現在の世界の情勢を見ていると、有限ではないことは目に見えていますが、医療崩壊を抑えるためにマクロな視点で捉えている人はどういうことを考えているのかというのを今一度一緒に考えてみてもよいかもしれません。
医療のデザインをどのように評価するか?
医療においては、患者や専門職のユーザーレビューだけではなく、効果について議論をせざるを得ない場面が出てきます。Quality Indicatorは、医療の質を評価する考え方で、ストラクチャー・プロセス・アウトカムという3つの指標に分ける評価手法と得たい成果について書かれています。
Quality Indictor「医療の質」を測り改善する
ただ、評価に関しては、全ての医療の領域をユニバーサルに評価する方法は存在していないので、領域や事例ごとに評価手法を選定しなければいけない。
看護ケアを基盤とした個別性に応じたケアツールの評価手法の提案
看護ケアの評価プロセスを元にして、個別の事例についてユニバーサルに評価する手法について提案した論文です。下記リンクより読むことができます。筆者である私の専門領域である看護の看護過程を元に議論を展開しています。もしよければ読んでみてください。
医療文化人類学
ヘルマン医療文化人類学
エビデンスがベースとされている医療の領域も、国柄や文化的背景に影響を受けるという側面からまとめられている「医療文化人類学」の本です。医療に限らず横断的に様々な情報が書かれています。
価格も高いですが、サイズも大きく、まさに鈍器です。
ケアと哲学
中動態の世界
能動態の「する」と受動態の「される」の間の"中動態"について論じられています。哲学のジャンルの本が故の難解さはありますが、ケアの領域でおかれている現在の姿ではなく、過去の姿に目を向け関わることについて思いをはせることができると思います。(難解なため、私自身も全て読み切れてはいません...。)
おわりに
気軽な気持ちで選書をはじめ、絞ったつもりでしたがかなりの量になってしまいました。現在の世界の置かれている状況を鑑みても、医療やヘルスケアでのデザインはこれから可能性が広がる領域であるといえます。
この記事が少しでも学んでみたいと思った人の手助けになればと思います!
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また、知らない本も多いので、おすすめの本などあれば教えてください!
筆者:吉岡純希
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ポートフォリオ : https://technurse.jp/
病院にデジタルアートを届けたり、3Dプリンタを使ってケアの現場を支える実践や研究をしています。 Digital Hospital Art / FAB Nurse/ vvvv Japan Community