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【55.水曜映画れびゅ~】『偶然と想像』~大事なことは無表情で~

『偶然と想像』は、ベルリン国際映画祭にて銀熊賞審査員グランプリを獲得した作品。

現在、劇場公開中です。

作品情報

「偶然」をテーマに3つの物語が織りなされる、濱口竜介監督初の短編映画集。

第一話 「魔法(よりもっと不確か)」
撮影帰りのタクシーの中、モデルの芽衣子は、仲の良いヘアメイクのつぐみから、彼女が最近会った気になる男性との惚気話を聞かされる。つぐみが先に下車したあと、ひとり車内に残った芽衣子が運転手に告げた行き先は──。

第二話 「扉は開けたままで」
作家で教授の瀬川は、出席日数の足りないゼミ生・佐々木の単位取得を認めず、佐々木の就職内定は取り消しに。逆恨みをした彼は、同級生の奈緒に色仕掛けの共謀をもちかけ、瀬川にスキャンダルを起こさせようとする。

第三話 「もう一度」
高校の同窓会に参加するため仙台へやってきた夏子は、仙台駅のエスカレーターであやとすれ違う。お互いを見返し、あわてて駆け寄る夏子とあや。20年ぶりの再会に興奮を隠しきれず話し込むふたりの関係性に、やがて想像し得なかった変化が訪れる。

公式サイトより一部抜粋・改編

今最も旬な映画監督・濱口竜介

本作で監督・脚本を務めたのは、濱口竜介

共同脚本務めた『スパイの妻』(2019)がベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞、そして昨年公開の『ドライブ・マイ・カー』で監督・共同脚本を務め、カンヌ国際映画祭で脚本賞を含む4冠を達成したことが記憶に新しいですね。

特に『ドライブ・マイ・カー』については現在進行形で凄まじく評価されており、ニューヨーク映画批評家協会賞で作品賞受賞、ボストン映画批評家協会賞で作品賞を含む4冠、また今週末発表のゴールデングローブ賞では非英語映画賞の最有力候補とされています。

さらに米アカデミー賞に日本代表作品として出品され、国際長編映画賞最有力候補とされていると同時に、作品賞や監督賞といった主要カテゴリーへのノミネートも期待されています。

このように、今最も世界から注目を集めているといっても過言ではない濱口竜介監督が手掛けた初の短編映画オムニバス作品が本作『偶然と想像』。

冒頭でも紹介しましたが、この作品で濱口監督は昨年3月に行われたベルリン国際映画祭で銀熊賞審査員グランプリを受賞しました。

つまり2020年と2021年というたった2年間で、濱口監督は世界3大映画祭の主要部門を受賞した作品に携わったということなんですね!

驚きと戸惑いの映画体験

では、濱口監督の何がそんなに世界を魅了しているのでしょうか?

大きな要因として挙げられるのは、その巧みな脚本ではないでしょうか。

『ドライブ・マイ・カー』では、たった60ページ弱ほどしかない村上春樹の短編小説を軸に3時間近い大作を作り上げました。

それは本作『偶然と想像』でも然り。

親友との何気ない恋バナ

大学の一室での教授と生徒のやりとり

何十年ぶりかのクラスメートとの再会

濱口監督がフォーカスを当てるのは、何気なくどこにでも起こりそうな日常の一場面。

しかし、そんな日常に少し日常からズレた些細な出来事をひょいっと投げ込み、水面に波状ができるように映画を動かしていきます。

そのように作りこまれた脚本とそのユーモラスさに決して飽きることのない至極の3話でした。

まさに極上の時間で、本作の「驚きと戸惑いの映画体験」というキャッチコピーに嘘偽りがないと断言できます。

大事なことは無表情で

そんな脚本の妙に魅せられるとともに、最も本作で気になったのは登場人物が重要な局面になると途端に無表情になる部分でした。

思えば『ドライブ・マイ・カー』でもこういった節が見受けられたな、と本作を鑑賞した後に思い返しました。

三浦透子演じるみさきはそもそもずっと無表情だし、岡田将生演じる高槻が車で淡々と語り続けるシーンも無表情だったな、と。

考えてみれば妙な感じがしますね。
というのも、無表情ということは感情という大きな表現のツールを捨ててしまっているとも言えますから、危うく棒読みになってしまいそうな気がします。

ただ濱口作品ではそうやって無表情で語られる言葉は棒読みにならず、逆にすごく響くんですよね。淡々と語られるそのセリフに感情というものを超越したものを感じて、じっくり耳を傾けてしまいます。

その感情の先にある何かは、間違いなく濱口監督により引き出されているんだろうと思います。

濱口監督は感情を押し殺した本読みの時間を設けて、それを何時間もかけて何回もやるらしいです。そうやって、セリフを覚えさせるのではなく、演者の自然体の中に染み込ませていくとのこと。

イメージとしては『ドライブ・マイ・カー』の本読みのシーン…というかそっくりそのまんまだと思います。

つまり『ドライブ・マイ・カー』の本読みのシーンは、濱口監督のその演出方法を再現したシーンということでしょう。

というのも、村上春樹の原作にはこんなシーン出てきませんし、さらには家福は演出家でもないですからね。

このように繰り返し繰り返しでセリフを体に染み込ませることで、演者の方々はよりリアルで生々しい演技ができるのかもしれません。

そうやってたどり着いた先には、無表情のなかで感情を超越するという境地があるのかもしれません。

実際に考えてみても、無表情でしゃべられるほど説得力のあることはないかもしれませんね…(笑)

そういった部分では、本当にリアルであり、だからこそ私たちは濱口作品に引き込まれるのであろうと思います。


前回記事と、次回予告

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来週は、先日Netflixでの配信が始まったオリビア・コールマン主演の話題作The Lost Daughterロスト・ドーター をレビューする予定です。
お楽しみに!