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結論は同じ

「ビジネス書は数あれど、同じことばっかり書いてあるから読む必要なんてない」

そんな風に思っていませんか。

僕はそんな風に思っていました。というか、そう思える本はたくさんある、と今でも思っています。

でも、ビジネス書の面白さは結論にはない、と今の僕は思っています。そう、ビジネス書に書いてあることなんて、結論だけ見ればたいてい同じなんです。

「諦めずに努力を続ける」「好きなこと、やりたいことを続ける」「小さな出会いに感謝する」……などなど

結論は大事だけど、ビジネス書において本当に大事なのはそこじゃあない。なぜ、その人はそう思ったのか、そういう行動をとろうと思ったのか。きっかけは……?

そのへんの心の移り変わりというか、結論に達するまでの過程にあるのです。あなたが知らない人でも、名言集も言っていることは大したことではなかったりします。

誰が言ったか、が重要なわけです。そういうことがわからない人はきっといつまでたっても読んだ本の冊数を自慢する人生です。無駄な時間です。得ることのない読書タイムを過ごすのであれば、天井のシミを数えている方が遥かに有意義です。

と、意味もなく読書家の皆さんの神経を逆なでし、無駄なことを強調するための比較として天井のシミのくだりを書きましたが、さすがに天井のシミを数えるよりは得ることのない読書タイムを過ごす方がマシです。

それはそれとして。

ここで問題が。

誰が言ったか、が重要になるということは、ビジネス書を編集するときに「誰が」に力を与えなくてはならないということ。編集者にとって、これは大変骨が折れるお仕事です。

たった一冊、いえいえ、最初のたった数ページ、なんなら最初の一言で、読者に「誰が」と思わせなければならないのです。実際問題、そんな魔法の言葉はありませんから、お茶を濁すことになるのです。

「というか、単純に面白そうじゃない?」と話をすり替えるわけです。カバーの力、オビの力など、本が醸し出す雰囲気で。

いくら味には自信がある、というラーメン屋でも、看板がしょぼかったらなんとなく人は入らないものです。逆に、味は大したことないのに、そのお店の看板がかっこよかったり、雰囲気がよかったらなんとなく入ってしまう、みたいな。

魔法のつくりかたは編集者、ライターによってさまざまです(僕が見てきた限り)。

まるでキーボードの上を指が踊っているかのように、スラスラと、リズミカルに言葉を紡いでしまう天才もいるでしょう。しかし、凡人の僕は、なんとかかんとか、頭をかきむしり、頭の蓋をあけ、脳みそをぐちゃぐちゃにかき混ぜて、奥の方から全然出てこようとしないその一言に紐をくくりつけ、一方は自分の手にぐるぐる巻きにして「オーエス!オーエス!」と力いっぱい引っ張るけれど、脳みそが手にヌルヌルと絡みついて上手く引っ張れず、その日はお休み……みたいなことがしょっちゅうありながら。

そんなこんなでなんとか引っ張り上げた「その一言」。イヤア強敵ダッタナァ、なんて額の汗を拭ってみたら、ワード数はまだ1/3とかだったりする。そんなことを繰り返す、繰り返す、締切ギリギリまで繰り返す。

一つの原稿が完成した頃にはもう絞りカス状態です。ドジっ娘がお料理をした後のキッチンのごとく、あちこちに粘度の高い液体や粉が飛び散っているわけです。

文字を書いたりまとめたりしているときは、なんでこんなこと10年以上やっているんだろう、と心底思います。こういう話になると「でも、自分の言葉が世に出て、本屋さんで自分が書いたり編集した本をみると、とてつもない達成感が」と言って格好をつけたくなります。が、実際はそんなこともありません。

どこかででかい誤植をしてやいないか、全然意味の違う文章になっていないか、アホみたいな基本的なことを読者から指摘されやしないか。と一生ヒヤヒヤしなければなりません。

どうです、これ。

これでもみなさん、もの書きや編集者になりたいですか。これを書いていて、本当になんでこんなことをやっているんだろう、と改めて思ってしまいましたよ、まったく。

気分が悪くなってきたので、あえてもう少し考えてみることにしました。なぜ自分はこの仕事を続けているのか(=魅力ってなんだ)。

モテるから? NO。
給料がいいから? NO。
楽しいから? 冗談でしょう? 
本が好きだから? むしろ嫌いになります。 
ルーティーンワークじゃないから? お?
クリエイティブなことができるから? お?

多分、このへんです。最近はあまりないかもしれませんが、誰か、や、なにか、についてとことん入り込んで、そこで得た自分なりの答えみたいなものを一冊の本にまとめる。超クリエイティブな仕事です。

なんかの間違いで、その本で、文章で、誰かの人生によい影響を与えることがあるかもしれない。その可能性が1%でもあるから、やっているんだろうなァ、と思います。なんかそれっぽい答えになってきましたね。「本好き」には全然なれませんが、なんだかんだ言って結局好きなことをやっているのでしょう、僕は。

ただ、あれです。僕のこの仕事、誰かに「やってよ」と依頼をされなければそうした苦行さえさせてもらえない、仕事が仕事を呼ぶタイプの仕事、なのです。

自分の意図を想像以上に仕上げてくれるデザイナーやライターといった外部協力者を見つけ「こいつの仕事ならやってもいい」と思ってもらい続けるのは大変なことです。ご縁みたいなところも少なくありません。そして、仮に超すごい人と奇跡的に仕事ができたとしても、技術や気遣いなどなど、僕のレベルが低ければ、「2回目の客」にはなれないわけです。

まとめ。

好きなことを続けるために、一つひとつの小さな出会いに感謝しながら、苦しくても諦めずに努力をして、自分を高めていく。

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