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小説「中目黒の街角で」 第17話

 夫に出会ったのは、お店を始めてから一年が経った頃の事だった。

 彼はいつからかお店に現れるようになり常連になって。よく飲んでくれて、たくさんお客さんも連れて来てくれたしとても優しかった。年配のお客が多い中では若くて話も合って。
 

 ちょうどその頃の私は、やっと日常が落ち着いてきた頃だった。従業員の教育や肉の仕入先や客への気遣い。初めての経営は何もかもが大変だったけど、目まぐるしい一年をどうにか超えて気が抜けていたのも彼と付き合いを始めた原因だったと思う。寄りかかる誰かを必要としていたのかもしれない。
 従業員の子に「あの人、いい人ですよ」と言われたことも付き合いを始めるきっかけになった。帰りに彼のバイクで送ってもらったりしながら、自然と関係が始まったのだ。

 居酒屋で働いていたこともあって彼の素性の細いかいことは聞かなかった。お客さんにそんなことをいちいち聞くのは野暮なことだったから。優しくて私のことを好きでいてくれてある程度常識的であればいい。正直、結婚するなんて思ってもいなかったから深く聞く必要もなかった。

 充実した仕事と彼がいる日常は平凡だったけど幸せだった。大きな問題もなく夫とのいわゆる普通の付き合いは一年少し続いた。でもやがて、私達の関係は少しずつ終わりに近づいて行った。私の想いが冷めていったのだ。

 明確な原因があったわけではない。彼は優しかったし多分私のことを好きでいてくれていたと思う。だけどどこかで、この人ではないと言う感覚もあって。だから過ごす時間もだんだんと減っていった。悪い人ではないのに、何でこうなってしまうのだろうと自分でも不思議だった。
 今考えればその理由は私達の関係に物語がなかったからだと思う。気が抜けたエアーポケットのような時間の中での夫との出会いには必然性を感じることができなかった。きっとそこに夫がいたから付き合ってみただけに過ぎなかったのだろう。
 ただ近くに誰かがいて欲しい。寂しさや一人であると言う不安を埋めてくれる人がいればいい。そんな強い想いもなく始まった関係には、続ける理由がなかった。
 

 燃え上がる恋や運命の出会いを求めていたわけではなかったけれど・・・いや、多分求めていたのかもしれない。この人じゃなきゃと思える相手と出会いたいと。だから、夫と過ごすために時間を用意することに意味を見出せなかったのだと思う。

 ただ、お店にも来てくれて共通の知り合いもできてしまった中で急に別れを切り出すことはできなくて。それに、なんて言って終わらせればいいのかもわからなくて。
 ズルいかもしれないけど、私は少しずつ会う時間を減らしてなるべく夫を傷つけないように関係を終わらせようと考えていた。
 

 でも、その中途半端な優しさが私達の運命を大きく狂わせてしまった。いやもしかしたらそれこそが運命だったのかもしれない。彼と出会えたことを考えれば。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。