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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第6話

 新郎新婦が披露宴会場に木村カエラの曲をBGMにして入場してきた。参列者は笑顔と拍手で迎え、二人を祝福している。俺は会社の同僚枠の席でその光景を眺めていた。
 新郎である後輩の亀島は26歳。最近の晩婚化を考えればかなり早い決断だ。できちゃった訳でもなく、結婚すると聞いた時、俺は亀島に聞いた。

「早くない?なんで結婚するの?」
 すると亀島はなんの疑問も持たない瞳で俺を見据えて言った。
「え?だって楽しそうじゃないですか?一緒に暮らして子供ができて。家に帰ったら家族が待ってて。最高ですよ」
 

 なんて平凡な動機だ。しかしその瞳が純粋過ぎて俺は何も返すことができなかった。
 それだけ結婚に夢を持てるなら幸せかもしれない。俺はただ「そうか。おめでとう」とだけ言っていろいろなものを飲み込んだ。 

 披露宴は当たり障りのない普通のフォーマットで進められていった。
 入場から乾杯の挨拶。歓談からの何人かのスピーチがあって、学生時代の友人達の余興があって、サプライズがあって両親への手紙があって・・・代わり映えのないプログラムは滞りなく進み、二時間半ほどで全てが終了した。
 帰り際、参列者を出口で送る亀島に老婆心ながら細やかな助言を伝えた。

 「結婚はゴールじゃない。スタートだぞ」

 まるで何十年も結婚生活を送った重鎮のような台詞を未婚の俺が言ったのには理由がある。
 俺も35歳だ。周りの友人のほとんどが結婚している。彼らの結婚のピークが28歳だった。
 その頃は毎月のように結婚式に馳せ参じていたわけだが、実はそのほとんどの式で2次会の幹事を担当していた。  
 一度、ある友人の二次会を仕切り、それが上手くいったのをきっかけに「あいつに頼めばやってくれる」と噂が周り、友人界隈の2次会を取り仕切る羽目になったのだ。

 しかしこの話には続きがあって、実は俺が2次会を取り仕切ったカップルの9割が離婚してしまっているのだ。その事に気づいた時、友人達は俺にこんなあだ名をつけた。「死神」と。

 離婚届けの保証人欄にも何度もハンコを押した。もしかしたらギネス記録になるのではないかと言う数だがそんな記録はいらない。
 俺がハンコを押して離婚してしまった友人とは自然と疎遠になった。それが俺に友人がいない原因でもある。自分が悪いわけでもないのだが、そりゃ前の結婚を知っている人間とは会いたくはないだろう。俺に会えば嫌な思い出も蘇ってくる。

 離婚の原因は様々だった。相手の親との不和。一緒に住んでみたら性格が合わなかった。他に好きな人ができたなどなど。とにかく一度問題が起きると、結婚式での笑顔が蘇る事は二度となかった。
 

 結婚は難しい。他人と一緒に住めば必ず問題が生まれる。相当に努力しなければならない。そんな光景ばかりを見たおかげで、俺はこの歳になっても結婚に興味を待つことができなくなってしまったのだ。

 つまり俺は幸せ全開。未来に希望しか持っていない亀島の目を覚まさせたかったのだ。
 ここから勝負だと。他人同士が一緒に住めば様々な問題が起こるし、相手や自分の親も生活に介入してくる。結婚式を過ぎれば、生活が始まりそこから本当の苦労が始まるのだと。
 結婚式が絶頂だなんて思っているのだとしたら転落した時の落胆は計り知れない。今からがスタートだと心に刻め。そうすればこの後に起こるかもしれない悲劇も乗り越えられるかもしれない。

 しかし参列者にかなり飲まされていた亀島は「ありがとうごらいます」と呂律の回らない口調で笑っただけだった。
 こいつは何も理解していない・・・。隣にいた嫁さんはそんな亀島を見ながらすでに不満げな表情を浮かべていた。俺は二人の幸せを心から祈って会場を出た。

 2次会には出ず、いつも通り同僚達と別れた。亀島の近しい友人だらけで内輪ノリの強い2次会に行っても面白いはずがない。それに俺はこの日も教会に行く必要があった。

「今日は日曜日なのにスーツですか?」
 教会に入ると、いつものように祭壇に立っていた神父が俺を見下ろして言った。
「ええ。後輩の結婚式だったので」
「そうですか。それは素晴らしい」
 神父は嬉しそうに祭壇を降りると椅子に座った。俺も椅子に座る。相変わらず目線が高い。
「まあそうですね」
「何か、お友達の結婚に不安でも?」
「いえ、特には」
まさか、神父の前で死神と呼ばれているからなんて言えるはずもない。

「加藤さんは結婚はされないんですか?」
「俺ですか?考えたことないですね。恋人もいないですし」
「今までお付き合いされた方で考えた相手は一人も?」
「うーん。ないですね」
「どんなに好きだった人とも?」
 

 好きだった人。今まで数人の女性と付き合ってきたがそこまで恋い焦がれた相手はいなかった。考えてみれば寂しい人生だ。

「好きだった人はいますが、結婚しようとは思いませんでしたね。年齢が若かったのもあると思いますが」
「そうですか。結婚は素晴らしいものですよ。家族は未来です。それこそが人間の営みです」
「神父は結婚は?」
「私は神に身を捧げていますから」
「そうですか。まあ、たまに歳とった時に孤独死は嫌だなとかは考えますけど」
「それはとても寂しい最後ですね。しかしあなたは大丈夫だと思います」
「なんでですか?」
「神のために働いていただいていますから」
 

 神の為に働いているから孤独死しないなんて保証はないだろう。そもそも俺は神の為に働いていると言う意識はない。

「いや別にそこまで考えてやってないですから」
「そうですか。でもあなたの力は特別なものです。生まれながらに悪魔が見える方はそうはいません。そこにはなんらかの神の意図があると思います。今の行いを続ければこの先にきっと良い未来が待っていますよ」

 良い未来とは結婚して家族ができることを言っているのだろうか。だとしたらそれより前に俺としては会社で働かないでも暮らしていける環境をいただきたいものだ。
 

 とは言え、40歳が間近に見えている今、この先もずっと一人で?と言う漠然とした不安はある。
 「無」で行う仕事をこのまま続け転職をしたとしても同じモチベーションで、そのまま定年やらを迎えても大して貯金もなく年金もない。その時に一人だったらと想像すると空寒い。

「まあ、したくないわけではないんですけどね」
「大丈夫。いつかいい人が現れます。さて、依頼の話をしましょう。見えるあなただからこそ聞きたいのですが、最近街を歩いていて、小悪魔の類が増えているとは思いませんか?」
「いわゆる、人間に憑いてただ悪戯するだけの?」
「はい。彼らは人には憑くが身体に入り込むことはない。ちょっとした言動に影響を与えるくらいですが、それが人生において大きな間違いになる事もある。例えば仕事上で大きなミスを犯してしまったり、言わなくていい事を言って相手を傷つけてしまったり。それが原因で仕事を辞めざるえなくなったり。人間関係が破綻することもあります」
「小悪魔のせいばかりでもないですけどね。特に人間関係は」
「何か今、問題でも?」
 山園の顔が浮かんだがすぐにかき消した。プライベートで嫌いな上司の顔が浮かんだ時ほどの不快感はない。

「いえ。小悪魔ですか。確かに最近は昔よりも数は増えているような気がします。街を歩いていれば遭遇しますから。子供の頃はそこまで見かけませんでした」
「悪魔は人間界への進出を目論んでいます。そして彼らは頭がいい。人間の変化に臨機応変に対応することができる」
「神はそうではないんですか?」
「神は古風な方ですから。SNSやメールでさえもあまりおわかりになっていません。ただ、お考えの次元が違いますが」

 古風という表現は言いようだろう。要は頑固で柔軟性がないのだ。山園みたいなものか。

「神父も大変そうですね」
「いえ。そんな事はないですよ。それで、小悪魔の類は力が弱いので悪さも大したことはない。しかし、人生における失敗を犯す人間が増えればネガテイブな空気が蔓延します。そうなると、悪魔が活動しやすくなってしまうのです」
「小悪魔が増えた原因はなんなんですか?」
「悪魔は地獄と人間界の小さな隙間から入り込んできます。そして彼らは人間界で繁殖もできるのです」
「繁殖?」
「はい。人間の身体を使って」
「人間から悪魔が生まれるってことですか。気持ち悪いな。て言うか、それは悪魔と人間が交わるってことですか?そんなことができるんですか?」
「はい。ある特別な悪魔にはその能力があります。今回はその悪魔の退治をしていただきたいのです」
「どこにそんな悪魔がいるんですか?」
「今回は協力者がいますので、その方と一緒に探していただこうと思っています。そろそろ来る頃ですが・・・」

 すると教会の扉が開き女性が入ってきた。ハイヒールにレースのタイトスカート。髪色はアッシュで毛先を巻いて、異常なほどに目が大きくて、まるで東京カレンダーに出てくる女上司の典型のような女性だった。正直、一緒に仕事をするのも悪くはないと一瞬は思った。
 

 しかし、俺を見下ろしながら言った一言で一気に面相くさい女に成り下がった。

「あなたが加藤生留ね。足引っ張らないでね」

 もしも小悪魔が俺に取り憑いてこの女との仲を壊そうとするなら、甘んじて受け入れられるだろう。そう思えるほど、千里由美との出会いは最悪だった。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。