見出し画像

小説「リーマン救世主の憂鬱」 第7話

「千里さんは千里眼持っていて、会社を経営されているんですよ」

 神父からの聞いたプロフィールは普通なら驚くものなのだろうが、悪魔祓いをしているからか、そう驚きはしなかった。そのことも彼女は不満だったのかも知れない。

「それで仕事は何やってんの?あんた」

「え?まあ普通の会社員だけど」

「へえ。ちゃんと働いてんの?」

 教会を出て強引に居酒屋に連れて来られ、軽くお互いのプロフィールを伝え合ったあとの彼女との会話がこれだ。
 

 彼女と親しくなるには、仕事への打ち込み方を語らないといけないのだと思うと、面倒臭さがさらに増した。

「まあ、普通には。それで、今回はどうやって調査をするの?」
「普通って何よ」
「いや普通以上はないけど・・・」
「は?さっき何の仕事してるか聞いた時、会社員としか言わなかったわね。そう言う男って自分の仕事に自信がないか興味がないのよね」
 

 千里由美は不満気な表情で2杯目のビールを頼んだ。興味がないからなんだと言うのだ。だいたい、初対面で仕事のモチベーションへの説教をされる筋合いはない。

「興味がなくて何か問題がある?」
「別に。ただ魅力的ではないわね。仕事に真面目に取り組んでない男は。それに自分で選んだ仕事に興味ないとか意味わかんないし」

 結婚式帰りで疲れていて帰りたいと言うのになんで仕事への姿勢がどうのこうの話をしなくてはならないのだ。俺は帰りたくて依頼の件に話を戻そうとした。

「そうかな。まあいいよその話は。で、今回の依頼の件は何か目算があるの?」

 しかし、どうやらその態度が千里由美は気に食わなかったらしく、火に油をそそぐ形となってしまった。

「あんたさ、いい歳して仕事に興味がないとか恥かしくないわけ?どんな仕事でもプライド持って懸命にやるべきでしょ。何考えてるの?」

 誰もが自分の好きな仕事に就けるわけではない。それはおそらく太古の昔からそうだ。
 仕事には定員があり、向き不向きもある。好きな仕事に就けなかった人間はあてがわれた仕事に就き、嫌でも生きるために働く。そこにはすでにプライドなんてものはない。そんな毎日がどれだけ辛いかなんてこんな女にはわかるまい。

「いやそれは、それぞれの自由でしょ。普通にやっていればお金のためだろうと自分のプライドのためだろうと何だっていいと俺は思うよ。例えば、あなたは会社を経営しているみたいだけど、突然政府の政策か何かで、毎日犬の餌やりだけをやる仕事に就くことになったらプライド持てますか?懸命にできますか?できないでしょ。全員が自分の好きな仕事をしているわけじゃないし動機は色々。多様性だよ」

 それっぽい事を言ったと思ったが、千里由美はその大きな瞳で俺を睨みつけていた。
 ただ、自分が間違っているとは思っていなかった。人に迷惑をかけず、それなりのことをやっていればどう仕事に励もうと問題はないし、現実の中ではそんな風に思わないとやっていけない。

「へえ。要するに、あんたは一生懸命仕事をする気は無いってことね」
「懸命にはやっているよ。俺なりに。仕事場に行くことすら嫌なのに遅刻もしないし上司の言う事は聞いてるし」
「そんなに嫌なら、辞めて違う会社行けばいいでしょ。好きな業界とか職種とかないわけじゃないでしょ?」
「いやだから、それもないんだって」
「あんたよくわかんないわね」
「そうかな?みんなそんなものだと思うけど。それよりも依頼の話をしよう」
 

 すると、千里由美が呆れた表情でスマホを取り出し、ある出会い系サイトの画面を表示させた。

「ああ。これ知ってる。今、かなりみんな使ってるみたいだね」
「私の事務所に依頼が来てね。依頼者は40代男性。最近妻が急に服や化粧に目覚め始めたから、不倫しているんじゃないかって疑って調べて欲しいって。いわゆる浮気調査ね」
「やっぱりあるんだ。そう言うの」
「探偵社に来る依頼の半分以上はそうね。でも調べると、妻は化粧もして服も着替えるけど、外に出ないの」
「外に出ない?じゃあ誰かに会うために化粧をして着替えたわけではないと。意味がわからないな」
「そう。結局うちの調査員が2週間張り付いたんだけど、何も出ず。浮気はしていないという結論に達した。だけどそのあとが問題。その妻が数週間昏睡状態に陥ったの。原因不明だったけど入院した病院のカルテをハッキングして閲覧したら、妊娠の形跡ありと記載されていたの」
「旦那さんとのでは?」
「ありえないわ。数年そう言うことはなかったって言っていたし、おしゃれし始めた女が、悪いけど禿げた中年の旦那に抱かれるとは思えない」
「つまり、どこかで悪魔と交わり、産んだと」
「ええ。それで、その妻の携帯をハッキングしたら、そのサイトに登録していたのよね。何人かと会っていたみたいなんだけどデータは全て消失していた。目が覚めた時に事情聴取したんだけど、妻の記憶も消えていた」
「つまり、そのサイトに登録している男の中に子供を孕ませる悪魔がいると」
「ええ。だから私、このサイトに登録するから」
「全部の男と会う気?それ途方もなくない?それよりも千里眼を持っているんだからそれ使ってどうにかならないの?」
「意外と鋭い質問だけど、私の千里眼は想いの詰まった遺留品がないと無理なの。手帳とかアクセサリーとかね。スマホみたいな電子機器からは何も読み取れない。だからそれしか方法はない」
「じゃあなんでパートナーに・・・」
「だって、ここまであなた一人じゃ調べられないでしょ?それに、私には悪魔は見えない」
「そっか」
「て言うか、この仕事はちゃんとやってよ」
 

 またその話か。この女は仕事に対して相当なプライドを持っているようだ。まあ、ある意味では羨ましくもある。俺もそんな仕事に出会う日が訪れるのだろうか。

「だから、会社の仕事もちゃんとやってるって」
「どうだか。なんでこんな男が神の手伝いなんかしてるんだろ。もっといい男だと期待してたのに」
「俺も不思議だよ。生まれつきなんで俺だけが見えなくてもいいものが見えるのか」
「あんた悪魔を初めて退治したのいつなの?」
「神父に出会ってから。それまでも見えてたけど、ああ、いるなあくらいで」
「はあ?悪魔見えてて何もしなかったの?それで不幸になる人もいるのに?」
「祓い方知らなかったしどうしようもないでしょ。君だって、その千里眼に気づくまでは何もしてないでしょ?」
「私は産まれた時から知ってたし。そういう家系だからね」
「家系?一族でやってるの?」
 この質問で初めて千里由美の言葉がつまった。
「まあね。今は違うけど・・・ともかく私は早くから人助けのために使ってきたしビジネスにもしてやる気もある」
「やる気は俺もあるよ。そこそこは」
「そこそこって。あんたと話しているとイライラするわね。あ、ちょっと写真撮って」
「は?なんで?」
「サイトに登録するのに必要なのよ。でも自撮りだと引きが悪いみたいだから。誰かに撮ってもらったスナップでなるべく自然体の写真がいるの。だから、はい」
 千里由美は携帯を俺に渡すと、すました表情を作った。喋らなければ美人ではあったが、性格が全てを台無しにしていると思った。

「早く撮って」
 

 スマホのシャッターを押すと液晶に美しい横顔が映った。これならかなりの数の「いいね」がもらえるだろうが、会社経営者で美人とくると、ハイスペックの男しか寄り付かなそうだ。

「何?」
「いや、ハイスペックばっかり近づきそうだなって。主婦を口説いてきたやつが近寄ってくるかな」
「いいのよ。実益も兼ねているから」
「実益ってまさか、自分の男も探す気?」
「当たり前でしょ。囮になるわけだからリスクあるし。それに私は独身だし」
「まさか結婚したいの?」
「したいわよ。悪い?」
「だって経営者だろ?お金もあるし一応美人なんだからシングルでもいいでしょ?」
「一応って何?」
「いや、て言うか結婚なんてしないほうがいいんじゃない?どうせうまくいかないよ」
「は?あんたバツイチとか?」
「違うけど、俺の周りは離婚したカップルばっかだからさ。それに・・・」
「それに?」
 

 結婚式の幹事をするわけでないが、間をとりもつならば俺の死神が発動しないかも心配だったが言うのはやめといた。

「いや別に・・・いいけど」
「じゃあ決まり。帰ったらすぐに登録するから。男と会う日が決まったら連絡する。仕事は・・・遅いわけないわね。やる気ないもんね」
「まあ。定時は18時」
「そ。わかった」
 

 千里由美に解放されて家に着くと、かなり遅い時間になっていた。朝に出席した結婚式の記憶はほぼなかった。疲れと、おそらく千里由美の強烈なキャラクターのせいだろう。あんな気が強くて自信満々な女とは結婚したくないと言うのが今日の感想だ。

 寝る間際、ふと俺は今どんな女がタイプなのだろうと考えた。しばらく彼女もいないし、遊ぶような相手もいない。しかし考えても具体的な条件は浮かんでこなかった。

 これはさすがにまずいのではないか。男としてどうなのか・・・久々に危機感が訪れた時には寝てしまい、気づくと朝だった。憂鬱な月曜日のアラームのおかげで危機感は消えていた。そうやって毎日は続き、人は歳をとっていく。そして俺は孤独死に近づいていくのだ。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。