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氷の遺産(Ice Heritage) 2.調査隊

目 次
1.ありえない遺跡 (前の章)
2.調査隊 (このページ)
3.野 望 (次の章)
4.人類の英知

2.調査隊

 隅田とアンネは、分散してある装置を回収する調査隊の一員に選ばれた。まだ公式には発表されておらず、単なる考古学の調査隊としての旅立ちであった。
  二人は、一年間の解読により新しい楔形文字の権威となっていた。インゲが調査隊隊長となり、隅田とアンネそれに他の考古学者二名が隊員となった。

 技術者は、同じ大学の科学者アルベルト・ヨハンセンと助手二名の八名。さらにスカンジナビア半島の遺跡発掘に同行した中国人の作業者の六名が加わり、総勢十四名の陣容だった。中国人の作業者は、まだは公表していないため現地作業者により情報が洩れることを恐れた配慮であった。
 隅田は、中国人作業者ということに少し違和感を覚えた。インゲに伝えると、インゲは、「彼らは十分調査もしたし、人物に関しては私が保証する」と、意に介していないようだった。それでも中国政府が行っている、情報の搾取などを自国民に義務付けている法律に少し危機感を覚えた。

 二人が解読した文書によると、四か所の遺跡はグリーンランド・カナダ・アルゼンチン・南極に分散されている。遺跡は、世界各地に散らばっていて一万年近く前では考えられないような世界的規模であった。南極を最後に発掘しなければ、装置は完成しないと但し書きが書かれていた。

 三か所の遺跡は、呆気なく見つかった。何の障害もなく、発掘調査は順調に進んだ。各遺跡の規模は、ノルウェーと同じ程度の大きさだった。遺跡には、装置の一部と新しい楔形文字が書かれた同じ金属と思われる黄金に輝くプレートが設置されていた。プレートには、どの遺跡が最初に発見されてもいいように残りの四か所が二つの円と座標で表されていた。南極を最後にしろという但し書きが付いていた。他の内容は、装置の説明書のようで、隅田とアンネは解読に追われることになった。
 三か所に分散されていた装置を合体させると、直径50センチ程度の完全な球体になった。重さを量ると500グラム程度という軽さだ。ヨハンセンは、装置を分解したい想いを堪えて南極の遺跡が発見された後に落ち着いてからすることにした。装置を壊すわけにはいかないからだ。

 最後の遺跡は、南極であった。ノルウェーのトロル基地に空路で到着した一行は、ノルウェー政府の全面バックアップで、最後の装置が置かれている場所に三台の雪上車に調査隊が分乗して向かうことになった。雪上車には、食料や発掘に必要な機材が積み込まれていた。
 先頭車両には、インゲと隅田それにアンネ。ヨハンセンと英語を解する中国人の作業者一名が乗り組んだ。
「何処まで行っても白一色…」
 アンネは、雪上車の窓外の代わり映えしない景色を食傷気味で見ながら呟いた。
「さっきまで、子供の様にはしゃいでいただろう」
 隣の席で資料に目を通していた隅田は、呆れた顔をアンネに向けた。
「四時間よ! 四時間もこんな騒音(エンジン音)を聞きながら、缶詰めになってるのよ」
「そうだな。しかし、君も望んだことじゃないか」
「それは…、そうだけど。まだ予定では、三時間以上もかかるなんてうんざり」
 アンネは、弱音を吐いた。隅田は、アンネの気持ちも理解できる。晴天の天候が、せめてもの慰めだ。
 インゲは、落ち着かない様子で時折二台の後続車に視線を向けていた。そんな時に、二台の後続車から無線連絡が入ると雪上車は停止した。アイドリングをしながら、いつでも出発できるように準備は怠りない。

「後続車が二台とも故障したみたいよ」
 アンネは、まだノルウェー語がおぼつかない隅田のために英語で伝えた。
 二台の後続車のドライバーがやってきて、インゲに何か報告しているようだ。少しフィンランド後で何やら話していたが、二人のドライバーは踵を返して後続の雪上車に戻って行った。二台の後続車を隅田が見ると、数人の観測隊員がエンジンの修理を始めているようだ。
「我々は、このまま先行して遺跡を目指す。後続車は、修理が終わり次第後を追ってもらうことにした」
 インゲは、隅田と英語を解する中国人のために英語で説明した。
「修理に手間取ったらどうするのですか」
 隅田は、最悪のことを考えて尋ねた。故障の状況如何によっては、基地からの助けが必要だろう。

「その時は、遺跡とピストン輸送するから心配無用だ」
 インゲは、特段気に留めているそぶりは見せなかった。隊長の立場からすれば、おろおろする訳にはいかないだろう。隅田はそう受け取ることにして、乗っている雪上車が故障したら? という問いを吞み込んだ。アンネには悪いが、基地と連絡して部品を届けてもらえばすむことだ。
 隅田の懸念は、杞憂だった。ほぼ予定通りに目的地に到着した。

 「ここが、最後の地点なのか? 間違いはないのだろうね。それにしても何もないじゃないか」
 インゲは、地平線のかなたまで氷で覆われた白一色の氷河を見渡しながら溜息をついた。信じられない思いなのだろう。
「確かに、ここに遺跡がある筈です」
 隅田は、自信のある顔を見せた。が、『筈です』という曖昧な言葉を付け足したことを少し後悔した。
「まあいい。アルベルト君。説明書に書いてあるように、リモコンをセットしてくれ。解読が正しければ、遺跡がどこにあるか判明するだろう」
 インゲは、隅田たちの解読を全面的に信じられないような言い方で同行している技術者アルベルト・ヨハンセンに指示した。
「はい。教授。では早速リモコンを起動させます」
 ヨハンセンは、リモコンを雪上車から降ろすと隅田たちが解読したとおりに操作を始めた。

「何も起こらないじゃないか」
 インゲは、少し苛立ってきた。隅田に視線を向けたインゲは、不服そうな顔になって詰問した。
「今までは、文書の通りに遺跡がありました。南極だけ違う筈はありません」
 隅田は、今まで発掘した三か所の遺跡のことを言っていた。が、インゲの指摘のように、遺跡はおろか入り口さえもどこにも現れない。

「解読を間違えたのではないのか?」
 インゲは、隅田の言葉に異を唱えた。
 その時、どこからともなく轟音が聞こえ、調査隊達が立っている地点の100メートルほど先の氷がひび割れを起こしているのが見えた。轟音は更に音量を増し、隅田たちが立っている場所にも振動が伝わった。

「どうなっているんだ!?」
 インゲは、狼狽え始めた。
「遺跡が現れる前兆では?」
「そうよ。遺跡があった証拠よ!」
 隅田の言葉に、アンネも追従した。
「氷が割れる!」
 ヨハンセンは、指さして叫んだ。
 全員が、ヨハンセンの指さした方向を見ながら唖然とした。それから轟音は少し低くなったような気がしたが、氷が割れた辺りが盛り上がってきた。全員がその光景にくぎ付けとなった。

「おお…!」
 全員が驚きの声を上げた。氷が割れた辺りは、更に盛り上がって氷が崩れ落ち大きなドームのような建造物が現れた。
「信じられない…」
 インゲは、余りにも現実離れした遺跡の姿に驚愕した。いつの間にか、轟音は消え去って静寂が訪れていた。半球の下には、ぽっかりとトンネルのような穴が開いているように見えた。
「まだ氷がそこかしこに散らばっている。危険だから、慎重に調査しよう」
 インゲは、全員を振り返ってから全員の先頭に立って慎重に歩を進めた。静寂は、突然のエンジン音にかき消された。

「あれは、ヘリコプターだ」
 二機のヘリコプターが、突然調査隊の後ろに現れた。全員が歩みを止め振り返ってヘリコプターの方を窺った。いったいどこのヘリコプターだ? この地点は、誰も知らない筈だ。
 調査隊の全員が困惑して、ただ無言で立ち止まりヘリコプターを仰ぎ見るしかなかった。ヘリコプターは数十メートル先でホバリングを始めると、一機のヘリコプターが機関砲の威嚇射撃を始めた。

「ワー!」
 ヨハンセンは、悲鳴を上げてうずくまってしまった。他の隊員もパニックに陥り地面に伏すしかなかった。
 その間にもう一機のヘリコプターが近づいてきて、「我々は、中国人民解放軍である。諸君は、抵抗しない限り人民解放軍のゲストとして生命を保証する。手を上げておとなしく投降して我々の指示に従え」と、流暢な英語で調査隊に命令した。
 全隊員からどよめきが起きた。やむを得ずゆっくりと立ち上がり、命じられるままに両手を上げた。

「何故? 人民解放軍なんだ?」
 少し落ち着いた隅田は、手を上げながら困惑した。
「目的は、あの遺跡じゃないの?」
 アンネは、決めつけていた。インゲは、無言だった。

3.野 望 (次の章)


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