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風の強い日

夜中から風が上がって、朝には40ノット近くの風が吹いていた。伊豆半島の沖。うさぎが飛んでいるかのように白波が海面で遊んでいる。たまに大きいうねりに船は傾いて、見事な飛沫をあげ、風に抗いながら進む。正直進んでいるのか、いないのかもわからないくらいの速度だ。それだけ向かい風が強かった。
船長のフランチが風が強いね、どうしようか、なんて言いながら、みんな操舵室で個々、思い思いに行動をしていた。わたしは35ノット近くの風を外で感じていた。ビュオオオと、強い風、うなる。耳を塞いでも聞こえる。コンタクトが風で乾く。これが35ノットの風か、と確かめる気持ちで風を浴びていた。

伊豆半島の沖、こんなに荒れているにも関わらず、たくさんの鳥が海面をすれすれに飛行している。その姿は強く、とても美しいもので、わたしは目を奪われた。双眼鏡をはなせなかった。すっかり魅入った。風に向かいながらも翼をしなやかに横に広げ、美しい完璧な曲線を描いて船首側を通り越していく。はやい。

オオミズナギドリという鳥だ。お腹部分は白く、上部は黒褐色。遠くから見ていたから大きさは断定できない。翼を広げると120cm近くにもなるそうだ。

そんな彼らの美しい姿を見ながら、考える。どうして逆境にいる者はこんなにはっきり美しく目に映るのだろう、と。

航海の最中、穏やかな海の上でも、よく鳥たちが飛ぶのは目にする。それもとても美しいのだが、今日見たオオミズナギドリの姿は、ハッとさせるような美しさがあった。
過酷な環境にいるにも関わらず、緊張感を見せないその優雅な飛行姿と、荒々しく白波を立てる海、ゴオゴオ鳴り響く風。その対照的な姿が、明らかにわかるからかもしれない。そして、普段の日常よりも、速度の上がった世界に、張り詰める緊張感もあるのだろう。緊張感の合間にも、彼らが見せるのはどこか自信に溢れ、揺るぎない姿。それもまた相対的な世界だと思う。
オオミズナギドリたちはあっという間に遠くに行ってしまった。
風で崩された波の表面すれすれを素早く滑るように飛び、風に抗って進む船を笑っているのか、励ましているのか。彼らは楽しんでいるのか、それとも自分の力を試しているのか、はたまた目的はただ捕食かもしれない。
どちらにせよ、美しいことには変わりない。

その日、風は止みそうになかった。それどころか強くなっていく。神奈川県の真鶴に向かっていたわたしたちは、この風では航海を続けてもどうしようもないと判断し、目的地を変え、下田港に入港することにした。船首が転身する。ビュオオオ、風が鳴る。船がうねりに傾いて、また飛沫を上げた。オオミズナギドリたちはだいぶ遠くで風と、波と、遊んでいる。

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