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【エッセイ】時計の針を止めたところで地球が回るのは止められないから、僕は夢を見るのです。
否応なしに時間は流れ続けて、全ての今を過去にしてしまう。この句点を書いた瞬間ももう今では過去なのだ。
これは恐ろしい事実であると同時に、とても優しい事実でもある、と僕は思うのです。
時間の流れを恐ろしく感じる瞬間を挙げてみます。
例えば、夜中に小説を書いていて筆が全然のらなくて進んでいないのに夜明けはやってきてしまう。
小説を書き終わってもまだ満足いくだけの推敲ができていないのに公募の〆切はやってきてしまう。
そして、なんとか応募を果たしたとしても落選が続いて夢を叶えられないまま年齢だけを重ねていく。
僕の夢の消費期限はいったいいつなんだろう、とよく考えることがあります。いつまで夢を見て生きていていいのだろう、と。いつか目を覚まして現実を直視し、夢見ていたことすら忘れて生きていかないといけなくなるのだろうか。
こう考えている時、時間が否応なく流れていくという事実はとても恐ろしい。
まるでダイナマイトの先に延びた長い導火線に火がついて、刻一刻と短くなっていくのを眺めているのに似ています。
それとは反対に時間の流れが優しいと感じる瞬間も挙げてみます。
鼻くそほじって早く切り上げたいほどつまらない会社での仕事も退社の時間が来るから帰れる。
辛かった失恋の思い出も、時の流れが傷を癒して甘酸っぱい思い出に変えてくれる。時間が否応なく流れないとしたら、僕なんて何回自殺しても足りなかったでしょう。
時間が流れ、未来を今に変えてくれるから僕たちは成長していけるし、子供たちの成長を感じて嬉し涙を流すこともできる。
だから僕は、今が過去になっても後悔しないように、時間を無駄にしないで生きていきたい。
そして、思い描く未来がいつか現実の今となるように頑張っていきたい。
そんなことを昨日、帰りの電車で酒に酔っ払ったご機嫌な飲み会帰りのサラリーマンを見て考えていました。
時間は流れていて、人々は自粛前の生活を少しずつ取り戻しているんだな、素敵だな、と。
僕も飲み会したいと思ったけど、家族との時間も大切にしたいし、なにより執筆の時間を確保したい。だから緊急事態宣言が解除されてもまだ飲み会はしていません。
まあ、飲み会したいですけどね、正直に言って。少し執筆が落ち着いたら飲み会しよう。
僕はお酒を飲んだ帰りって最寄り駅まで電車で行かずに、途中のターミナル駅から1時間ほど歩いて帰るのが好きなんです。
女の子とデートをした帰り道や友人と楽しく飲んだ帰り道、就活に失敗してヤケ酒飲んだ帰り道、僕の自殺を心配した友人から勧められた心理カウンセリングを受けた日の帰り道。
近いうちにまたあの道を歩きたいな、と思います。何度も何度も歩いた道。いろんな僕の感情が落っこちている道。
思い出と一緒にそのいろんな感情を拾い集めながら歩いて帰ろう。
それはきっと無駄にならない。アルバムをめくるみたいに、僕の心を温めて夢への活力をくれるはずだ。
それでは、また。
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