僕が出会った風景、そして人々(番外編②)
発掘アルバイトの初日、「ゴミ穴掘り」という重労働プラス「軽トラの荷台から落っこちる」というダブルパンチを受けた僕は、身も心も疲れ果ててアパートに帰った。バスを降りてとぼとぼと歩く道すがら、電信柱にとまったカラスが僕の背後で「アホー、アホー」と鳴いた・・・。
4畳半ひと間の薄暗い部屋に戻り、冷蔵庫から缶ビールを出して一気に飲み干した。
冷たいビールが喉を通り、胃の中に流れ込んでいく。
「・・・うまい・・・。」
6月の終わりで暑いということもあったが、重労働の後のビールって、なんて美味いんだろうと思った。ふわっとした高揚感が体の中を駆けめぐり、僕は少し元気になってきた。
すると、あれほど打ちひしがれていたはずなのに、なんだか少しヤル気も出てきたようだった。
「まあ、とりあえず給料が出るまで頑張ってみるか。」
僕が入った遺跡調査会では、当時、10日ごとに給料が支給される仕組みになっていた。僕のように初日から疲れ果てて辞めたくなった人がいたとしても、10日間ならなんとか我慢できるかもしれない。そして、ひょっとしたら次の10日間も我慢できるかも・・・。そうやって、ずるずるとバイトを続けさせようという、恐ろしい魂胆だったのか?
次の日、僕は何とか出勤し、現場に立った。この日の任務は「ジョレンがけ」だった。
ジョレン(鋤簾)とは土砂やゴミなどをかき寄せる道具で、発掘調査で使用するものは、写真のように木製の柄に歯をつけた鉄板が取り付けてある。これを使って地面を少しずつ平らに削っていくのだが、姿勢が自然と中腰になってしまうし、出土遺物まで削ってしまわぬよう、気を使いながらの作業なので、これはこれで大変な仕事だった。
「何か出たら動かさず、横に竹串を刺してください。」竹串は焼鳥なんかを刺す竹串とまったく同じものだ。縄文土器の破片などが出た場合、土の色と見分けがつきにくかったりするので、目印の役割も果たすのだ。
しかも、一通り作業が終わる頃にトレンチ内を見渡すと、竹串の刺さり具合で遺物の出方が一目でわかるという効果もあった。
さて、僕が必死でジョレンがけをしていると、近くにいた若い調査員(注①)から声をかけられた。
「〇〇さん、あそこのネコを持ってきてもらえる?」
僕は思わず「へ?」と間抜けな返事をしてしまった。『ネコって・・・?猫?』そう考えた僕は、思わずキョロキョロとあたりを見回したが、それこそ猫一匹いないではないか。ど、どうしよう・・・。
小心者の僕は、小声で尋ねた。「あのー、ネコ・・・ですか?」
「・・・ああ、知らないよね。ごめんごめん。一輪車のことをネコっていうんですよ。」と言いながらこちらにやって来て、僕の後方、トレンチの片隅に置いてあった一輪車を指さした。
その調査員はとても親切な人で、休憩のときにひととおり発掘調査で使う道具について教えてくれた。ジョレンに移植、箕(み)、カマ、エンピ・・・移植は移植ゴテのことで、箕は土を入れて運ぶ道具(下の写真参照)。
面白いのは「エンピ」で、これはスコップのことだった。ちなみに、発掘調査ではほとんどの場合、先が平べったい”角スコ”ではなく”剣スコ”と呼ばれる先が尖ったものを使う。
こうして無我夢中で作業をするうちに、2日目が終わった。
「ご苦労さん。」
K主任調査員が声をかけてくれた。細い目の端っこが下がり、まるで「笑い仮面」(注②)みたいだな、と思った・・・。
この日も僕はアパートに帰って缶ビールを一気に飲み干し、重労働の後の憩いのひとときを堪能したのだった・・・。
『なんだかこの仕事、そんなに悪くはなさそうだな。』
僕はふとそう思ったが、同時に一抹の不安を感じた。何かこう、どんどん深みにはまっていくような、そんな予感がしたのだった・・・。
(どんどん続く)
注① 調査員:発掘調査におけるリーダー的存在。僕が所属した調査会では、調査補助員➡調査員補➡調査員➡主任調査員の順でランクアップすると同時に、時間給も上がっていった。
注② 笑い仮面:楳図かずおのマンガに出てくる主人公。不気味な笑い顔の仮面をかぶった科学者が活躍するというストーリーで、当時怪奇漫画ファンだった少年少女たちのハートを釘付けにした。
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