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職場体験日記

12月1日 入職日

朝、6時前にセットしたアラームとともに目が覚めた。目覚めると同時にストーブの電源を入れ部屋を暖める。今日の天気は快晴。初日から吹雪でなくて良かった、とほっと胸をなでおろす。身支度と着替えを手早く済ませ、タッパーにご飯と作り置きしておいたおかずを詰める。

不安でも楽しみでもなく、昨日から続いていた一日かのように、初日の朝は始まった。大丈夫、と自分の心に言い聞かせ、落ち着いて時計の針を確認する。これからどんな一日が待っているのだろう。明日からどんな日々が続いていくのだろう。
就職が決まってから今日まで、心はずっと穏やかではなかった。心臓がいつもの倍速で脈を打ち、常に息苦しさが心の奥にあった。なるべく、気にしないようにしていた。

7時15分を過ぎた頃、よし、と心の内で呟いて、家を出た。地下鉄の駅まで歩き、電子カードをかざして改札を通り、電車に揺られ、そのままバスに乗り継ぎ、およそ40分掛けて会社へと辿り着いた。今のところ、特に問題はない。

8時前に職場の玄関に着くと、ちょうど出社したところの施設長と出くわし
「朝早いね。おはよう」
と挨拶をされた。
「おはようございます!」
出来るだけ元気に挨拶を返す。最初の印象はこれから働いていく上で大切だ。施設長とともに事務所に向かい、既に出勤している職員に挨拶をする。これから同僚になる仲間たち。

事務所に着くと自分のロッカーを案内され、色々と入職書類のやりとりをしているうちに始業の時刻となった。今日、僕と同じく新人として入職する人は、他に2名いた。同期がいるというのは心強かった。

午前中はオリエンテーションで、上司からいろいろと仕事の説明を受ける。この仕事をしていく上で大切なのは、人の顔と名前を覚えることだそうだ。そうしないと仕事にならないらしい。50数名の利用者。大抵の人は2週間もあれば覚えるらしいが、そんなに簡単に覚えられるだろうかと不安になる。お昼休憩を挟み、午後は持ち場にそれぞれ配置された。初日なので、先輩の所作を観察しているだけで時間はあっという間に過ぎていった。

今思えば、初日はなんてことなく過ぎて行ったように思う。

だが、その日の自分は気を張り詰めていたせいか、終業のタイムカードを切った瞬間どっと疲れが押し寄せてきた。抗えない疲労感と眠気。一刻も早く家に帰って休みたかった。何も出来る気がしなかった。働くって、こんなに疲れるものだっけ?
家に着くと、極度の緊張と不安から解き放たれ、理由が分からぬ涙が溢れて止まらなかった。明日、仕事に行けるのか? このまま続けていけるのか? 全く以て自信が持てなかった。自分が情けなくなった。

2日目

次の日、朝はとてつもなく憂鬱だった。弁当を詰める気も布団から出る気も起きず、7時が過ぎようとした頃、何とか布団から出て身支度を整え、家を出ることが出来た。2日目にして絶望的だ。

そんな朝方の憂鬱さからは想像できないほど、出社してしまうと何てことはなく、むしろ仕事を楽しむ余裕も生まれてきた。続けていけそう。2日目を終える頃には、初日の疲労感は何だったのだろう、と自分でも首をかしげるほどだった。転職初日ってそんなものかもしれない。

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6日目

順調に思えた仕事も長くは続かなかった。休みが明けて週2日目の火曜のお昼、施設長に呼ばれた。
「あなた、障がい者?」
ドキッとした。遂にバレたかと思った。
別に障がいを隠して就職することは問題ではない。障がいをクローズにして普通に働いている人も大勢いる。
ただ、問題は他にあった。障がい者手帳を交付されていることが判明したせいで、精神科に通院していることが会社側に知られてしまった。その会社では、精神科や心療内科に通院あるいは精神系の服薬をしている人は採用していない。
「本部に確認します」
その場でそれ以上追求はされず、問題は会社の本部に報告されることとなった。

午後は業務に戻ったものの、そのことが気になり、集中できなかった。いずれ障がいのことは会社側に知られるとは想定していたが、それが思ったよりも早かった。そして、会社側の反応は厳しいものだった。

「申し訳ないけど、辞めてもらいます」

夕方、終業が近くなってきた頃、改めて施設長に呼ばれ、そう告げられた。相手の手元には既に退職届が用意されており、その場でその日付けで、退職させられた。

悔しくて、悔しくて、悔しくて、その帰宅途中も、帰宅してからも、涙が止まらなかった。ようやく自分に合う仕事が見つかったと思ったのに。ようやく仕事にも慣れてきたのに。なぜ、精神科・心療内科の通院歴があるというだけで退職させられなきゃならないのか。その理不尽さに悔しさが溢れた。精神障がいの人を支援する施設で、精神科通院歴のある人を仕事から弾くって矛盾している。
理不尽さへの怒りや憎しみよりも、ただただ悔しかった。悲しかった。そんな世の中の見方を変えたいと思った。きっと、そういう見方をされて悔しい人が、僕のほかにもたくさんいるはずだ。

あとがき

そんな理不尽さを前にしても、それを乗り越え、先に進まなければいけない。きっと、この理不尽さを経験して、また一歩成長できた自分がいるはず。そして、その理不尽さを知って、やっぱり僕は知的障がいや精神障がいを抱えた人達に関わる仕事がしたい。「こころ」に寄り添い、支え、生きることを手助けできるようになりたいと、心の底から思った。もっともっと「こころ」を知って触れて、それで辛く苦しむ人に手を差し伸べられるようになりたい。僕が進もうとした道は間違っていなかったと、確信を持てた。

ただ少し、振り出しに戻っただけだ。また、そして前へ……。

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