見出し画像

東海道500kmの徒歩旅 #15

待ちに待ったゴールデンウィーク。その年の連休は「火・水・木」の3日間が休みだった。

有休をとって大型連休にする気もなかったわたしは、この3日間で何か特別なことをやろうと思い立った。

「そうだ、東京から歩いて箱根まで行ってみよう」

調べてみたところ、東京から箱根までの距離は約100km。1日33km歩けば箱根まで行ける計算だった。

連休初日。わたしはリュックに着替えを詰めると家を出発した。旅の出発地点は国道の起点である「日本橋」だ。

しかし家を出た時点で自分は大きな過ちを犯していた。

わたしは「長距離ウォークには頑丈な靴が必要だ」と勘違いして、登山用のトレッキングシューズを履いて出かけたのある。スニーカーよりも重いし、平地を歩くのには向いていないし、悪いことずくめだった。

日本橋を出てすぐに過ちに気が付いたが、もう戻れない。両足にマメができるし、筋肉痛で足はパンパンだし、すぐにまともに歩けなくなった。

40km先の横浜に着くころには夜になっていた。足は鉛のように重く、膝が我慢できないほど痛い。適当なホテルにチェックインすると、すぐにベットに倒れこんだ。

2日目は24km先の茅ヶ崎を目指す。しかしあまりにも足が痛くて、4km手前の「辻堂駅」で宿泊することになった。

そして3日目。茅ケ崎を歩いていると、遠くに海が見えてきた。わたしは最後の力を振り絞って歩いた。

目の前にはビーチが広がっていた。青い海、波の音、吹き付ける潮風。なにもかもが優しかった。自分はこの景色を見るために東京から歩いて来たのだと思うと、今までの疲れも吹き飛んだ。

しかし目標の箱根まではたどり着けなかった。わたしは「大磯」という駅で電車に乗ると東京へ帰還。

電車は3日かけて歩いたわたしの道のりをたった2時間で走った。3日間の歩行距離は67kmだった。

数か月後の3連休。気が付けばわたしは旅を再開していた。理由は自分でもわからない。

どこまで行くかは決めていないが、漠然と「東海道を歩いて京都まで行きたいな」という思いはあった。東京と京都を結ぶ東海道は約500kmの距離がある。いつまでかかるかはわからないが、歩いていればいつかはたどり着けるだろう。

この旅でわたしは箱根の峠を越え、静岡県の三島まで進んだ。

途中、東海道のシンボルというべき「旧街道石畳」を歩いた。

それはまるで江戸時代にタイプスリップしたかのような景色だった。暗い林の中を、石畳の階段が連綿と続いている。今にも当時の旅人たちが姿を現しそうな光景だ。

次の旅では三島から静岡市まで歩いた。

道中では「千本松原」や「駿河湾」など、静岡の名勝を満喫した。

この時にはわたしはすっかり旅を楽しむ余裕ができていた。靴はランニングシューズに履き替えたから、もうヒーヒー言いながら歩くことはない。それに体力もついてきて、1日20kmぐらいなら平気で歩くことができた。

しかしこの時、わたしは最大のトラブルに見舞われた。

それは東名高速沿いの道を歩いていた時のことだった。道にはたくさんのゴミが捨てられており、その中に鉄の輪っかがあった。

気づかずに輪の端を踏むと、輪がピンと起き上がり、罠の如く足を引っかけた。

わたしは前のめりに転倒し、全身を地面に打ち付けた。あまりの痛みにしばらく立ち上がれなかったほどだ。

怪我の状況を確かめると、なんと両手両足から出血している。わたしは持っていたスポーツドリンクで傷口を洗った。

傷の痛みに耐えながら歩くと、なんとかホテルに到着。ようやく傷の手当てをすることができた。

年末の連休に旅を再開し、わたしは再び静岡を歩いた。

この旅では静岡のご当地グルメを満喫した。「桜えびのかきあげそば・抹茶アイス・浜松餃子」など、おいしいものがたくさんあった。

そして静岡を歩いて9日目、ついに愛知県に突入した。京都までの距離は残り210kmだ。

春の連休に愛知から旅を続ける。愛知でもご当地グルメを満喫した。「味噌とんかつ・スガキヤラーメン・豊橋カレーうどん」など、どれも関東とは異なる味付けが印象的だった。

愛知県を越えて三重県に突入すると「関」まで歩く。京都までの距離はあと70km。長い旅もついに終わりが見えてきたのだ。

そして次の年のゴールデンウィーク。ついに旅に終止符を打つ時が来た。

関から旅を再開すると、鈴鹿峠を越えて滋賀県甲賀市に入る。民家を歩いていると、どの家もたぬきの置物が設置されているのが気になった。そのことを宿の人に聞いてみると、

「ここは焼き物の町、信楽が近いですからね」と教えてくれた。

次の日、甲賀市から大津市へと歩いた。この時点で京都への距離はあと10km。旅の終わりはもう目の前だと思うと、その日は興奮して眠れなかった。

旅の最終日、わたしは意気揚々とホテルを出発した。天気はこの上ない程の快晴だ。

途中、道路標識に「京都 11km」と書かれているのを見て、胸が高鳴った。

やがて山科から京都に入った。そして「京都市」と書かれた標識を発見。

わたしは今にも走り出したい気持ちだった。しかしこの日は猛暑日で、こまめに休憩を取らなければならない。思うように進めずじれったかった。

「蹴上駅」を通過すると、町屋が立ち並ぶ京都らしい景色が広がる。わたしははやる心を抑えながら進んだ。

東海道の終点は「三条大橋」である。わたしは目をこらして橋を探した。

ふと、ある一本道を発見した。

それは棒のように細長い道で、人も車も吸い寄せられるようにそこを通行している。その道の周辺だけビルやマンションが建っておらず、見晴らしが良くなっていた。

直感的に理解した。あそこに橋が通っているんだ。そしてそれが、自分が1年間かけて目指してきた橋なのだ。

やがて三条大橋が姿を現した。わたしは足の力が抜けてしまい、フラフラと歩いた。

橋に到達した時、涙が出てきた。

こうしてわたしは500kmに渡る徒歩旅を終えた。

旅を始めた時、わたしは京都まで行くつもりなどなかった。ただ「東京から箱根まで行くだけ」だったのだ。

どんな大きな目標も、小さな目標から始めればいつかは達成できるのかもしれない。そんなことを思った。

この記事が参加している募集

やってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?