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アオハル♂ストライカー 第1話

あらすじ

泰斗はサッカーに青春を賭ける…とはいえ、女子との恋愛に興味バリバリの高校2年生男子。
小学生の時に、サッカーの試合で一度だけ対戦した優梨恵と、6年ぶりに海で出会います。
ところが泰斗は、優梨恵のことを思い出せません。
それほど優梨恵は、可愛く成長していたのです。

家に帰ってようやく思い出しますが、すでに泰斗はアパートの隣人、同学年の女子高生、萌に夢中。
バイト先のコンビニで優梨恵と再会しても、泰斗は友人として接するだけ。

実は泰斗は友人たちと中学時代に、全国大会に出場した凄腕ストライカーなのです。
彼らの活躍で、鷲ヶ峰サッカー部は、全国大会予選を勝ち進みます。
そんな泰斗に同学年の美咲が、熱視線を送りますが…




第1話

ピッ、ピイイィィ――…
長いホイッスルと同時に、栗林泰斗は両膝をピッチにつけて崩れ落ちる。

――負けた…

全国高校総合体育大会、インターハイのサッカー競技神奈川2次予選、私立桐栄学園高校vs神奈川県立鷲ヶ峰高校の準々決勝は、桐栄学園の勝利で終わった。
スコアは1-0。

空はどんより曇っているが、蒸し暑いのもあって両校の選手たちは皆、ユニフォームの上から下まで汗びっしょりだ。
それでも選手たちはセンターサークルに整列し、礼をしたあと互いの健闘を称え合っている。


2年生ながらレギュラーの泰斗だが、5月初旬の1次予選1回戦から今日の試合を含めて6試合を走り抜いてきた両脚は、悲鳴が上がる寸前だ。
敗戦がその疲労感を、よりいっそう濃くしている…

「――くっそぉぉ…」
隣を歩く2年生の岩上貴芳が、褐色肌の顔を褐色肌の右腕で拭っている。
貴芳は、コロンビア人とのハーフだ。

「お疲れさまぁ~」
「ナイスゲーム、ナイスゲーム!」
ベンチでは女子マネージャーの和泉陽菜や控え選手たちが、戦いを終えたイレブンたちを労っている。


「――…あれ?悠真は?」
振り返るとピッチでは、2年生のエースストライカー佐々木悠真が、桐栄の二人の選手と言葉を交わしている。
会話をしている時はにこやかだったが、こちらに歩いて来る悠真の表情は、敗戦の悔しさで鬼の形相になっている。

「知り合いか?」
戻って来た悠真に、貴芳が訊いている。
「あいつらとは、ジュニアユース多摩川で一緒だったし、U17でも一緒なんだ」
ジュニアユース多摩川はサッカーJ1の強豪、多摩川リバティの傘下で、数多くのJリーガーを輩出している下部組織だ。

「スッゲぇな、さっすがU17日本代表メンバー…」
「負けたら、意味ネェよ」
けんもほろろの悠真に、
「――そうだナ…」
泰斗まで同意するので、シュンとする貴芳である。

******************

「――まァ、でも、これで…」
気を取り直した貴芳が右腕を廻して、泰斗と肩を組む。
「心置きなく、海にナンパに行けるナ」

「――岩っちってサ…」
周囲を伺って、囁きかける泰斗。
「ホント、空気読まネェな」


「なぁにが空気だよ。空気が性欲、満たしてくれンのかぁ?」
「バカ!声がデケぇって…」
「それによ、インターハイの日程が良くネェし」
インターハイサッカー競技本戦は、7月下旬から8月上旬まで行われる。

「夏のまっ盛りはよ、海でビキニ姉ちゃんに決まってンだろ!」
「だから、声がデカいって…」
「ナァニが悲しくて、福島くんだりまで行ってサッカーなンて――」
「福島がどうしたって?」
聞きつけた3年生の津田伊織が、絡んできた。

「やっぱ2次予選で準優勝して、福島行きたかったよナァ」
インターハイサッカー競技は、酷暑対策で福島県固定で行われるのだ。
「Jヴィレッジって、すっげえデケぇンだろ?行ってみたかった――」
宙を見ながら夢を語る伊織をさて置いて、泰斗と貴芳が歩き去って行く…


「まいっちゃうよナァ、ああいう熱血少年…」
「岩っち、ホントに口悪ィな」
「とにかくよ、負けたのはしょうがネェ。秋の選手権予選で、リベンジしてやりゃいいンだ!」
「そうだナ」
熱く語る貴芳に、頷く泰斗。

「その前に、この夏こそ彼女作って、ゼッテぇ童貞を捨てるンだッ!」
「だからぁ、声がデケぇって!」
「じゃあ泰斗は、童貞のマンマでいいのかよ?」
「そ…、そンなの嫌に――」
「だろお?だろおぉ?」
スケベ盛りの少年が二人、肩を組み合ってピッチを去って行った…

******************

真夏の海の強烈な陽射しが容赦なく、ギラギラと頭上から照りつけている。
泰斗は額の汗を手で拭い、ペットボトルの先端を口に含む。
買ったばかりなのに、もう中身が温くなり始めている。

「おい、泰斗。見ろよ」
貴芳が指さす方を見ると、波打ち際でビキニ水着の少女が二人、戯れている。
齢は16、7歳といったところか。

「良さげじゃネ?」
カーキ色ハーフパンツに白プリントTシャツの泰斗が、軽く頷いている。
ネイビーのハーフパンツに白プリントTシャツの貴芳が、少女たちの方に砂浜を歩き始めた…


――なんとしても、彼女をゲットして童貞を捨てる…

不純極まりない目的を持った二人は、ついに海に来てしまっていた。
泰斗は貴芳が、少女たちの方に近寄って行くのを見てドキドキしまくっている。

ふいに少女たちが視線を移した。
視線の先ではパーカーを羽織るサーファー風の青年が二人、少女たちに向けて手を振っている。
少女たちは、そちらへ駆け出して行ってしまった。

「ちぇっ。ツレがいやがったか」
貴芳が舌打ちして、いまいましげにしている。


真夏の海は、海水浴を楽しむ大勢の人々で大賑わいだ。
これだけ大勢の人混みなのに、泰斗と貴芳の眼に叶う少女が仲々見当たらない。

おまけに、長いこと炎天下にいるうえに歩き廻っているので、二人のTシャツは汗でびしょ濡れだ。
ひと息にペットボトルを飲み干した泰斗は、海の家脇にあるゴミ箱にポンッと投げ入れた。

――ゼッテぇナンパしてやる…

獲物を狙う狼のように眼をギラつかせた二人の少年が、強烈な陽射しが照り付ける人混みの砂浜を、ウロウロと徘徊して行った…

******************

「すみませ~ん!」
二人が振り向くと、少女たちが三人立っている。

「写真、撮ってもらえますぅ?」
栗色ロングヘアでコットンシャツに水色ショートパンツの少女が、スマートフォンを手にかざしている。


「おおぉ、まかせなさぁい」
貴芳が泰斗を押しのけ、ニコニコしてスマホを受け取る。

「江の島がバックに入るように、お願いしま~す」
ロングヘアの少女が貴芳に告げると、
黒縁眼鏡にグレーのバケットハットを被り、チェック柄のラインストーンパンツにピンク柄Tシャツの少女と、
サングラスを掛けて黒のラインストーンパンツに、白地の柄Tシャツの少女が、
寄り添って三人でポーズを取っている…


「今日は、泳ぎに来たンじゃなさそうだネ?」
貴芳がスマホを返しながら、少女たちの格好を見ている。

「アンタたちこそ、ナンパに来たンでしょ?」
ロングヘアの少女に図星を指された泰斗と貴芳は、一気に赤面している。

「な、な、な、なンで分かる――」
「だって、そンなギラついた眼付きでサァ、歩いてたら…、ネェ?」
貴芳に訊かれたロングヘア少女が、黒縁眼鏡とサングラスの少女たちを見ると、ウンウン頷いている。

「菜々子なンて、あの二人に写真撮ってもらうの、ヤバそうだから止めようって…、ネ?」
名指しされた黒縁眼鏡の少女が、大きく頷いている。
ますます赤面している、泰斗と貴芳…


「――そ、そういうキミらこそ、ナニしに?」
負けじと貴芳が問い返すと、
「アタシら、バンドコンテスト見に来たンよ」
ロングヘアの少女が指差す先に、砂浜に設けられた野外ステージが見える。

「へえぇ、面白そうだナ」
興味ありげな貴芳だが、
――このクソ暑いのに、野外ステージぃ?!、ぜってぇ無理!
泰斗は内心で鼻白んでいる。

「俺たちも一緒に見ちゃおっかな♪」
貴芳のセリフに、ロングヘアの少女が少し困惑していると、
「いいじゃない、カレたちにも応援してもらえばぁ」
黒縁眼鏡の菜々子が、フォローしてくれた。
「意外に悪そうなヒト達じゃ、なさそうだしィ」

――意外にって…
泰斗が苦々しげに思っている間に貴芳は、少女たちと砂浜をサッサと歩き出している。
「お――、おいッ?!」
慌ててあとを追う泰斗である…

******************

「コンテストに、目当てのバンドでも出ンの?」
話すきっかけを摑めてシメシメ顔でいる貴芳が、歩きながら訊いている。

「麻衣のネ、彼氏が出るンよ」
黒縁眼鏡の菜々子が、ロングヘアの少女の方を見て答えている。
それを聞いた貴芳は興冷めしてしまい、泰斗も内心でチッと舌打ちしてしまう…


「岩っち…、どうすンだよ?」
歩きながら泰斗が、貴芳に顔を近付けて囁いている。

「向こうは三人だぜ。しかも、ひとりは彼氏がいるし…」
「しょうがねえだろ。成り行きで、こうなっちまったンだし」
俺のせいにするな、との口ぶりでいる貴芳。

「それによ、あとの二人はフリーかも知れねぇジャンか」
「だったら、いいンだけど…」
ナンパ目的で来ているゆえ、時間の無駄遣いは致命的だ。

彼女イナイ歴、約17年の泰斗はラブロマンス(?)に飢えていて、絶対に今日を無駄にはしたくない…


行く手に見える野外ステージの前には、観客が集まりつつある。
間もなく開演なのだろう。

「ああ…、俺は岩上貴芳。こいつは栗林泰斗」
ステージの前まで来て、貴芳が自己紹介を始めた。

「あたしは、麻衣」
と、ロングヘアの少女。

「二宮菜々子です」
と、バケットハットを被った黒縁眼鏡の少女。

「優梨恵です」
サングラスの少女が、泰斗の方に顔を向けて微笑んでいる。

――俺のこと、気にしてくれてるのカナ?
身の程知らずな推測をして、泰斗が勝手にワクワクしていると…――


突然、大音響が鳴り響き、泰斗は思わず両手で両耳を塞いでしまう。
バンドコンテストが始まったのだ。

いつの間にかステージの前は、大勢の観客で溢れている。
司会者が、湘南バンドフェスティバルにようこそ!と絶叫している。

人気バンドや女性シンガーソングライターがゲスト審査員と紹介され、会場はお祭り騒ぎになっている。
このバンドコンテストは、その筋では有名なコンテストらしい。


アマチュアバンドが次々に登場して、熱と気合いが入る演奏が続く。
周囲は熱気に満ちているが、空が曇ってきて陽射しが無くなったぶんだけ、我慢が出来る暑さだ。

露出度が高い衣装の女子バンドが登場して、ウハウハ顔で眼の保養だぁ!と泰斗は歓喜しているが…
――本当は、こんなコトしてる場合じゃ…
と、もどかしく思ってもいる。


彼氏のバンドが登場した麻衣は、大音量に負けじと絶叫している。
仕方なく付き合い程度の声援をしている泰斗を、何故か優梨恵が横目でチラチラ見ている。
スケベ盛りの泰斗が、これに気づかないはずがない。

――なんだ、これは?…
勘違いも甚だしい期待を、抱きつつある泰斗だが…

******************

「ねぇ、あのサァ…」
演奏が止みインターバルとなった所で、優梨恵が控えめに話し掛ける。

「え?」
唐突に話し掛けられ、泰斗がビビりまくっていると…
「――キミ、コンビニのレジに、…いるよネ?」
「――は?」

――たしかに俺は、コンビニでバイトを…
――…何で、このが知ってンだ?

泰斗は、頭をフル回転させている。
今日初めて出会ったはずの、肩までかかるセミロングのカールがついた髪の優梨恵…


端正な顔だちの美貌といい、黒のラインストーンショートパンツから伸びる色白の脚線美といい、モデル同然の申し分のないプロポーション…

――やっぱ俺、こんな可愛い娘と会ったコトねぇし…

「やっぱ、そうかぁ~。どっかで見たコトあると、思ったンだぁ~」
優梨恵が、急にくだけた口調で話す。

その美貌に見とれていた泰斗は、余計に動揺してしまう…

「はぁ?お前ら、知り合いなのか?」
そばで成り行きを見ていた貴芳と菜々子が、怪訝に満ち溢れた表情をしている。

「――あ、いや――…、あのサ…」
訳が分かっていない状況を、泰斗が説明しようとした時――


突然、まばゆい閃光が走って周囲が真っ白になる。
同時に、耳をつんざく激しい雷鳴が轟く!

「きゃっ?!」
たまらず優梨恵が、両手で頭を抱えて蹲る。

我に返った泰斗が、周囲を見渡す。
野外ステージ後方に設けられた避雷針から白い煙が上がっていて、どうやらそこに落雷したようだ。


避雷針への落雷なので物的被害は無いのだが、相当な衝撃だった。
蹲ってしまった者が何人もいて、ステージ前は騒然としている。

ふと見ると、菜々子が貴芳に抱きついて固まってしまっている。
泰斗と眼が合って、左手でピースサインをしている貴芳。
ラッキーな奴、と鼻白んでいる泰斗。

視線を移すと、蹲った弾みで散乱してしまった手提げバックの中身を、優梨恵が手でかき集めている所だ。

「だ…大丈夫?――」
拾うのを手伝おうとした瞬間、大きな雨粒が泰斗の顔面に――


あっという間に雨が激しくなってしまい、ステージの前の観客が右往左往して逃げ惑い始める。
「ちょ、ちょっとぉ!――」
叫び声も空しく、逃げ惑う人波に、もみくちゃにされてしまう泰斗。

気が付くと、優梨恵の姿が見当たらない。
雷雨でびしょ濡れになりながら泰斗は、雨しぶきで霞んでしまっている周囲を見渡している…


「おお~い、泰斗ぉ」
貴芳が雨霞みの中から現れ、手を振りながら近寄って来る。

「菜々子ちゃん、これ落としちゃって…」
貴芳が、菜々子が被っていたバケットハットを示している。

「あれ?優梨恵ちゃんは?」
「俺も、はぐれちゃった…」

残念そうな顔の泰斗が視線を下に落とすと、カバーの付いた手帳が砂浜に落ちているのが眼に留まる。
雨で濡れたうえに、砂まみれになっている手帳――


「何だよ、それ?」
泰斗が拾い上げた手帳を、貴芳が覗き込んでいる。

このままだとズブ濡れになる一方なので、視線を交わした泰斗と貴芳は、慌ただしく海の家の方に駆け出した…

******************

突然の雷雨に見舞われ、海の家の中は雨宿りをしている人々で、混雑して溢れ返っている。

中に入るのを躊躇している泰斗と貴芳は、海の家から借りたバスタオルで身体を拭きつつ、軒下で佇んでいる…


「それ、吉祥女学院の生徒手帳ジャンか!」
泰斗が拾った手帳を見て、貴芳が感嘆の声を上げている。

吉祥女学院は中高一貫教育の進学校で、男子高校生の間では美少女揃いで有名な女子校だ。
貴芳が感嘆してしまうのは、当然なのだ。

表紙を開くと『片岡優梨恵』と名前が印字されている。
その下には、刻印が押された優梨恵の顔写真が貼られている…


「――な、何でこんな超絶カワイイ娘と、おまえは知り合いなンだよ?」
「――あ、いや…、それが、ワケ分かんねぇンだよ…」
「はぁ?」

「向こうは俺を知ってるみたいだけど、俺がゼンゼン分かんなくって…」
「何だよ、それ?」
「俺がコンビニでバイトしてんの、知っててサァ…」
「はぁ?」

「キミ、レジにいるでしょ?なンて…」
「何だ、そりゃ?……」
泰斗が手に持つ優梨恵の生徒手帳をジッと見て、貴芳が腕組みをして考え込んでいる…


「――おまえ…、ホントに覚えてネェの?」
「な、何を?」
唐突に、貴芳が猜疑心だらけの視線で睨んできたので、たじろいでいる泰斗。

「多分よ、優梨恵ちゃんは、おまえのコンビニに来てンだよ、客で」
「――えっ、…ええっ?!」
「はあぁァ~…、そンなザマだからぁ、いつまで経っても彼女が出来ねえンだよォ」
「なっ?!――」

「あんなカワイイ娘が客で来てンのに、おまえってヤツはよォ、覚えてネェとはよォ…」
呆れた口調で話す貴芳の前で、愕然としてしまっている泰斗。


「優梨恵ちゃんは、おまえのコト覚えてくれてンのに、おまえってヤツは――」
「い、岩っちだって、彼女いねえクセに、…え、偉そうに――」
「そんなザマだからぁ、萌ちゃんを仲々モノに出来ねぇンだよォ~」
萌ちゃんとは泰斗と同じアパートに住む少女、宮内萌のことだ。
萌は以前から泰斗が、気になっている女子高生だ。

「お、大きなお世話だっつうンだよ!も、萌ちゃんは関係ねぇ――」
「おぉ~ぉ、紅くなっちゃってよォ」
「うっ、うっせえンだって――」
泰斗が振り上げた手を、素早く仰け反ってかわす貴芳。


次の攻撃にそなえて、貴芳がヘラヘラしながら身構えていると…
泰斗は、外の降りしきる雨の方を見ている。

「――…泰斗?」
怪訝な顔の貴芳をさし置いて、泰斗は雨霞みの方を凝視している。

つられて貴芳も見てみると、雨霞みの中に人影が動くのが眼に留まる。
と同時に、おもむろに雨の中に、泰斗が駆け出して行く――


唖然とする貴芳が、眼を凝らして雨霞みを見ている。
どうやら人影は二人のようだ。

落とし物を探しているかのように前屈みになって、砂浜をウロウロしている。
そこへ泰斗が駆け寄り、話し掛けているように見える。

やがて三人の人影が、降りしきる雨の中を海の家の方に駆け寄って来た…

******************

「ホント助かったぁ。ありがとぉぉ」
海の家で借りたバスタオルを頭に被って、自分の生徒手帳を手に持つ優梨恵が、感謝しきりでいる。

雨が降り止まないので、海の家の中は相変わらず混雑し続けている。
中に入れない泰斗・貴芳・優梨恵・菜々子の四人は海の家の軒下で、横並びで立っている。

「そんなズブ濡れになってまで、捜さなきゃなンなかったの?」
泰斗が、怪訝そうに訊いている。


「そうなのよぉ~。生徒手帳を失くしたら超メンドくさいのよ、ネェェ」
優梨恵が横を向くと、同じくズブ濡れになっていて、バスタオルを首に巻いた菜々子が小さく頷いている。

「失くしたら学校に、反省文と顛末書を出さなきゃなンないのよ」
「テンマツショ?」
「そう。どこで、どういう状況で失くしたのか、詳しく書かなきゃなンないのよぉ」
「へえ」

「この間、麻衣が失くした時はサァ、彼氏とラブホに行ってて失くしちゃったから、そりゃあもう――」
「ゆりえっ!」
菜々子にたしなめられて、優梨恵は慌てて両手で口を塞いでいる。
泰斗と貴芳は横目で見合って、微妙な苦笑いをしている…


「キミ、タイトって名前だよネ?」
そんな二人を気にすることなく、優梨恵が話し掛ける。
「そ、そうだけど…」
動揺しながら、応じる泰斗。

「名前聞いて思い出したンだけどサァ、サッカーやってたよネ?」
「い、今もやってるけど」

「サッカー部?」
「そ、そうだよ」
「へえぇ…。あン時のまま、続けてンだぁ…」
泰斗は、ますます訳が分からなくなっている。

――俺が、コンビニでバイトしてる事だけじゃなくて…
――サッカーをやってる事も、知ってンなんて…


「こいつ、小学生の時、川崎平瀬ベアーズにいたンだぜ」
優梨恵の気を引かんとばかりに、割り込んでくる貴芳。

「知ってるよ~」
したり顔で優梨恵が、戸惑いまくる泰斗を見ている。

「平瀬ベアーズって?」
今度は菜々子が、貴芳に訊いている。

「それはぁ、川崎市の小学生以下の、泰斗の地元のサッカーチーム――」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
おもむろに右腕を真横に上げて、泰斗が貴芳を制止している…

******************

「――何でキミが…、俺のコト…」
顔を紅潮させて、泰斗が言葉を絞り出している。

「やっぱ、覚えてないンだぁ~…、あたしのコトぉ」
優梨恵がほくそ笑みながら上目遣いで、言葉に詰まっている泰斗を見ている。


「タイトくんとあたし、6年前に対戦したコト、あったジャン」
「――…え?」
鳩が豆鉄砲を喰らったように、泰斗が呆けている。

「それって、サッカーで?」
貴芳も驚いて訊いてきたので、優梨恵が小さく頷いている。
「――6年前っていうと、…小5の時か」
腕組みをする貴芳が、考えながらフムフム頷いている。

「じゃあ、今でもサッカーを?」
「ううん、中学生になったら辞めちゃった」
貴芳が訊くと、あっけらかんと優梨恵が言い放つ。


「何で辞めちゃったの?」
「それがサァ、おっぱいが大きくなっちゃってサァ…」
即座に反応した泰斗と貴芳が、眼を丸くして優梨恵の胸をガン見している。

「走ってると、おっぱいが邪魔でサァ…」
優梨恵がEカップ超えはあろうバストを、服の上から両手で持ち上げてホイホイしている。
「胸トラップしても、変な方に行っちゃうしサァ…」

――おっぱいがジャマ…

悩ましげに話す優梨恵だが、スケベ盛りの男子高校生には何とも悩ましい響きが、泰斗と貴芳の脳内に響き渡っている…


「ネェ、そろそろ行かないと」
小降りになった雨を見ながら、菜々子が誘う。。
「そっか…。麻衣が待ってンだったネ」

「あ、あのぅ…、岩上くん…」
菜々子が、俯き加減に貴芳の方を向く。

「は、はいっ?!」
「――さっきは、いきなり抱き着いちゃって…、ごめんなさい!」
貴芳に拾ってもらったバケットハットを持って、ぴょこんと頭を下げる菜々子。

「い、いやぁ…、か弱きレディを守るのは、男の務めですからぁ。はははは…」
照れ隠しに右手を後頭部に廻して、引きつり笑いを浮かべている貴芳…


「じゃあタイトくん、またねぇ!」
優梨恵が左手でバイバイしながら、慌ただしく菜々子と小雨の中、砂浜を走り去って行く。

「あ…、あ――」
二人が走り去る方に右手を伸ばしながら、うろたえ顔をしている貴芳。

その隣では泰斗が、呆けたように立ちすくんだまま、二人が走り去る方をジッと見つめていた…

******************

「……また、ねぇ?」
優梨恵と菜々子の姿が見えなくなってから、貴芳が思い出したように呟いている。

「――ってことは、おまえ優梨恵ちゃんと、会う約束したンだろ?」
「――は、はあぁッ?」

「だったらよォ、菜々子ちゃんも一緒に来るように頼んでくれよ。俺も一緒に、連れてってくれよ」
泰斗の両腕を摑んで、貴芳が必死に懇願している。

「ああ、菜々子ちゃん、菜々子ちゃぁん…」
「ちょ、ちょっと、落ち着けって!」
泰斗が貴芳の両手を、バッと振りほどく。


「俺、会う約束なんて、してねえし。それに――」
「それに?」

「優梨恵ちゃんが、どこの誰なのかも分かンねぇし…」
「本当におまえ、覚えてねえのかよ?」
猜疑心いっぱいでいる貴芳。

「だってよォ、優梨恵ちゃんは、あんなに覚えてたンだぜ」
「なぁ、岩っち…」
泰斗が腕組みをして、真顔で貴芳を見る。


「あンな超絶カワイイ娘に会ってたら、この俺が、忘れると思うか?」
「そりゃあ――…、忘れねぇナァ」
「だからぁ、ぜってぇ優梨恵ちゃん、俺を誰かと勘違いしてるよ」
「……ンじゃあ、もう――、菜々子ちゃんには、会えねぇのかヨォ?」
「――ンなこと、俺に言われたって…」

「じゃあよォ、泰斗がコンビニで優梨恵ちゃんと会ったら、俺が菜々子ちゃんに会いたがってるって――」
「だからぁ、優梨恵ちゃんは勘違いしてるからぁ、会えねぇって!」
「――あぁ~、菜々子ちゃあぁん…」

嘆きながら貴芳は頭を抱えて、その場に蹲ってしまう。
それを泰斗が、困り果てた顔をして見下ろしていた…

******************

PK戦にもつれた試合は、相手チームの最後の選手が蹴ったボールが、ゴールポストのバーに当たってしまう。
これで、平瀬ベアーズの勝利が決まった。

小学5年生の泰斗は、チームメイトとの歓喜の輪の真っただ中にいた。


ひとしきり喜び終えて、ふと視線を移す泰斗。
うなだれている相手チームの選手たちから少し離れて、蹲って嗚咽している選手が眼に入る。

相手チームで、最後に蹴った選手だ。
その嗚咽は肩を大きく上下にしていて、遠目からでも分かるものだった…


ユニフォーム姿の泰斗が、泣きじゃくる選手のもとへグランドを歩いて行き、しゃがみ込む。
気配を感じたユニフォーム姿の選手が、嗚咽しながら顔を上げる。

「ナイスゲーム」
そう言って右手を、選手の左肩に置く泰斗。
泰斗を見つめる、少女の選手…


「キミは――?」
嗚咽しながら尋ねている少女。

「オレは、栗林泰斗」
「…タイト?」
「そう、泰斗。君は?」

「…優梨恵」
「ゆりえ?」
「そう」
「じゃあ、ユリっぺ、だネ」
「え?」

「試合が終わったら、オレたちはトモダチだよ」
涙でくしゃくしゃになっていた優梨恵の顔が、少し微笑んだ…


「あ~ァ。兄ちゃん、女の子を泣かせてるぅ~」
振り返ると、小学1年生の妹の莉紗が立っていて、右手で指差している。

「お母ちゃんにぃ、言ってやろ~」
「ばっ、バカ、おまえ――」
「言~ってやろ~、言ってやろ~」
泰斗に背を向けて走り出す莉紗。

「まっ、待て、おまえっ――」
追いかけて、泰斗が走り出す。
二人の追いかけっこを優梨恵が、しゃがみ込んだまま唖然として見ている…


「――また試合、しようなぁ~!」
走りながら振り向いて、右腕を大きく振る泰斗。

しゃがみ込んで、小さく右手を振り返している優梨恵。
やがて泰斗は、グランド隅の人々の集まりに入って見えなくなった。

優梨恵は立ち上がって、右腕で顔の涙を拭うと、泰斗が走り去った方をジッと見つめていた…

******************

「――そぉかぁ…。そんな事が、あったのかぁ~…」
自宅アパートの台所でテーブルの椅子に座り腕組みをして、Tシャツに短パン姿の高校2年生の泰斗が唸っている。

「覚えてなかったン?。サイって~」
夕食代わりのコンビニ弁当をほお張りながら、上目遣いで泰斗を見ている中学1年生の莉紗…


海での出来事のあと、貴芳と別れた泰斗は、帰りすがらコンビニに寄って弁当を二つ買ってきた。
アパートでは、部活動を終えた妹の莉紗が待ちかねていた。

海であった優梨恵との一部始終を話してみたら、莉紗は泰斗が小5の時の、サッカーの試合での出来事を、なんと鮮明に覚えていた。
説明された泰斗は、ただ唸るしかなかったのだった…



#創作大賞2024
#漫画原作部門
#少年マンガ原作
#ラブコメ


第2話URL  https://note.com/juicy_slug456/n/n65a377382cff

第3話URL  https://note.com/juicy_slug456/n/n9ffc6a963b4c



補足
メインキャスト紹介

栗林 泰斗

サッカー好きの高校二年生男子で、性格は生真面目でひたむき。
サッカーの技術は仲々のものだが、女子のことになると、かなり不器用。
そのくせスケベなことには興味津々で、チャラ男の貴芳とはいいコンビだ。
優梨恵に出会うまでは、どうにか萌の気を引きたがっていた泰斗だが、徐々に優梨恵に惹かれるようになり…

片岡 優梨恵

小5の時に、サッカーの試合で泰斗と対戦した、高校二年生女子。
性格は天然なところがあり、飾り気がなく、誰もが振り向く美少女だ。
泰斗と再会してから、二人の距離は急速に縮まっていき、全国高校サッカー選手権で神奈川県代表になれたら、付き合う約束をする。
全国選手権に出場した泰斗の活躍を見て、優梨恵の想いは不動のものに…

塚本 美咲

同級生の泰斗に想いを寄せる、高校二年生女子。
サッカー部のサブマネージャーという立場で、部員たちをフォローする。
思い込んだら試練の道を、という性格で、優梨恵に負けじと泰斗への猛アタックを、フラれても何度も繰り返す。
しかし、颯一から告白されてしまい、美咲の心は揺れ動くが…

永井 颯一

泰斗を慕って鷲ヶ峰サッカー部に入部した、高校一年生男子。
泰斗や悠真、貴芳に負けじと練習に励む、負けず嫌いでひたむきな性格。
クールでイケメンなルックスは女子から人気があり、一年生ながらレギュラーであるサッカーの技量は、仲々のものだ。
美咲に破れたユニフォームを直してもらったことをきっかけに、颯一の想いは募る一方なのだが…

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