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尾崎英子作「たこせんと蜻蛉玉」読みました。


というわけで尾崎英子作「たこせんと蜻蛉玉」のふわふわと感想のようなものを書いていきたいと思います。

まずこの作品の最初の一文が好きだと思う。
「毎日やっていることなのに、綱渡り」

(烏滸がましいかもしれないと思うけど)早織と自分の境遇と重ね合わせて、共感を抱いて、彼女のことを知りたくなる感じ。

ちょっと読み進んでいくと自分はどちらかというとイマジナリーフレンドのいる不登校の柊だった側でもあり、今も続いてるようなもので、早織には申し訳ないという気持ちがかなり湧いてきましたが…。

題名についての感想になりますが、最初は蜻蛉玉って何だろうと思いました。検索するとおおよそ柄の入ったガラス玉らしく、名前は知らなかったけどどこかで見たことあるな。どこかは思い出せないけど。そんな感じ。

たこせんって最初は先生のあだ名かと思いました。それは殺せんせーでは?関西では駄菓子として親しまれてるっぽいですね。たこ焼きをたこ煎餅で挟んだものらしい。

読み終わってからは、たこせんと蜻蛉玉が早織の過去のキーアイテムであり、それに纏わる早織の話がとても良かったですね。

「忘れるわけない そんな思いに、とらわれていた」

私が買った時の帯にはそう書かれていましたが、柄の入ったガラス玉であるキラキラとした綺麗な蜻蛉玉、そしてそれと同じような綺麗な過去の思い出とその終わり。

今もなおそのことを引きずっては、不意に過去である蜻蛉玉を手にして見つめてしまう、そして今手元にあるのは…そんな話が良かったですね。

なんかまだまだ他にも感じたことはあるんですが、うまく言語化出来ないのでこれで終わります。


良かったら他の読書感想文も読んでください。

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