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ダイバーシティ&インクルージョンについて ~働き方の動向を交えて~

田中 茂義
論説委員
大成建設

ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&Iと略す)はいまや社会倫理として定着しつつあり、職場や家庭はもちろんのこと社会全体が取り組むべき規範として流布している。企業においては昨今の担い手不足、価値観の多様化、グローバル化による競争の激化等に対応すべく多様な人材が活躍できる働き方を模索し、生産性の向上やイノベーションにつなげようとする動きがある。D&Iとは外面および内面の多様な属性(D)を受け入れ尊重し活かしていくこと(I)であるが、D&Iの実現により社員の幸福度と組織への帰属意識が高まり、「インクルージョン」な組織風土が醸成される。そして「インクルージョン」が実現した組織では新しい価値を産み出すイノベーションの創出が可能となり、企業の競争力強化と成長が期待されるのである。

D&Iに取り組む手始めとして、まずは人事制度の改革に着手する企業が多い。女性が働きやすい職場環境と制度の構築、育児や介護、病気療養等をしながら働ける制度の構築、再雇用者の処遇改善、外国人社員の活用、デジタル・IT人材の登用などが喫緊の課題となっている。これらの解決のためには適材適所の人材配置や人材の流動化に対応した人事制度が必要であり、従来の終身雇用メンバーシップ型から有期雇用ジョブ型への移行が模索されている。

ジョブ型では性別、年齢、人種などに関係なく仕事の内容と成果により雇用と報酬が決まる。人材の流動性が高まるとともに、年齢による停年制も意味を持たなくなる。職務内容を詳細に記述した職務記述書(ジョブディスクリプション)を作り、外部からキャリア人材を採用したり、希望する社員をジョブ型に変更したりする。「ジョブ型雇用」は職務内容が明確でない「総合職」というキャリアとセットで運用されてきた年功序列型報酬制度とは異なる働き方である。

一方でジョブ型雇用に対しての懸念も存在する。ジョブ型では人事の分権化が進むため、経営幹部による組織の人事上の意向が機能しづらくなったり人事異動も職務記述書の範囲内に限定されるなど、人事権が大幅に制限されることになる。また、自律的なキャリア形成を基本とするジョブ型雇用制度の中で社員のリスキリング(学び直し)への支援と投資をいかに行なうかの仕組みづくりも課題となろう。D&Iを契機として今まさに労働市場の地殻変動が起こりつつあるが、日本においてはメンバーシップ型とジョブ型の共存もしくは両者の折衷型の雇用が生まれる可能性がある。

D&I実現のためには我々が持っている無意識の偏見や思い込み、すなわち「アンコンシャスバイアス」をなくさなければならない。我々は過去の経験や価値観に基づき、無意識に事実と異なる判断をしてしまうことがある。これによりインクルージョンの実現を阻害することは企業にとっての経営リスクである。まずは自分の中のバイアスと職場のバイアスを十分意識し自覚すること、そして固定観念を一掃し互いに価値観を共有しながら良くコミュニケーションを取った上で行動することが必要である。ルールを決める側の人間は様々な立場にある者の側に立って考え行動することが大切である。理想的にはルールを決める側にも多様な属性を持った人間がいることが求められる。

またD&Iが機能するためには公平さ、公正さが要求される。全ての人に対して同じ対応をするだけではインクルージョンは達成されないのである。例えば外国人に対して日本語のみで対応するなどは不適切であり、公平、公正とは言えないであろう。それぞれのダイバーシティに対して公平・公正に接しなければインクルージョンは生まれないと考える。

D&I実現のためには制度の改善とともに組織を形成する人々が考え方の多様性、価値観の多様性を理解し、人に対して公平・公正に接することがポイントとなる。多様性を受け入れず従来の価値観に固執した組織や集団の判断は大変脆弱かつ危険であり、このような組織や集団からは社会の進歩や変革は決して生まれないだろうと思う。

土木学会 第177回 論説・オピニオン(2022年2月版)



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