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メンテナンスとロボット

小宮一仁
論説委員
千葉工業大学 学事顧問

 老朽化した土木構造物が増加し、また点検・整備等に携わる人員の確保が難しくなる時代には、維持管理の生産性の向上に寄与する新技術を開発しなければなりません。筆者は、維持管理のための情報収集(点検・検査等)には小型ロボットの活用が有効であり、小型ロボットを使うためには、土木技術者がロボットの開発に積極的に関わることが重要であると考えています。

 筆者は、シールドトンネル工事におけるシールド機の制御と地盤や近接構造物の挙動との関係を解明する研究に長く携わってきました。シールド工事の現場は、作業の多くが機械化・情報化され、作業員の数は少なく、生産性が非常に高いと感じていました。シールド機の開発には土木技術者が多く関わっており、若い頃、シールド機を巨大なロボットの一種のように考えていた筆者は、それが実用化されていた土木の工事現場は、ロボット工学においても最先端にあるのではないかと感じていました。

 8年前から数年間、筆者が千葉工業大学未来ロボット技術研究センターのセンター長を兼務していた時、同研究所が開発した、福島第一原子力発電所の被災建屋全階の調査に成功したロボットを使ってみたいという依頼が海外の知人からありました。それは、素粒子物理学の世界最大の大型加速器を格納する、地下100m、周長27kmのトンネルの、損傷の情報を収集するというものでした。トンネル内は放射線のレベルが高いため人が立ち入ることができず、原発の調査に成功したロボットが注目されたのです。日本の技術が役に立つならばと、早速研究センターの研究員5名、そしてロボットと現地に赴き、試行を行いました。トライアルの結果は、依頼者の期待を大きく上回るものでした。続いて、英国ネットワーク・レールからの依頼で、老朽化によって崩落の危険性がある、150年以上前に造られた煉瓦造のトンネルの探査にも成功しました。このロボットは、熊本地震で倒壊の危機にあった宇土市庁舎全階内部の損傷状況の調査にも使われました。また、美浜原子力緊急事態支援センターには非常時の調査のために5機が配備されています。

 このロボットの他に、現在、学内の研究所や学科だけを見ても、コンクリートに吸い付いて壁面を上る検査ロボット、放射性廃棄物貯蔵施設でドラム缶のすきまを移動して点検を行うロボット、ケーソン函内の天井に貼り付いて移動するロボット、突っ張った2対のクローラで狭い配管内を走行するロボット等がつくられ、ロボットを使ってできたらいいな、と思える多くのことが実行可能になってきています。

 さて、これらのロボットに接してわかったことが二つあります。一つは、ロボットは小型で高性能ということです。前述の原発ロボットは大人2人で持ち運べる大きさで、質量は約45kgですが、調査で海外の技術者が最初に驚いていたのは、そのコンパクトさでした。今は、原発ロボットと同じ探査能力を持ちながら僅か4.5kgのロボットが実用化されています。これらのロボットは機動性や操作性に優れているだけではなく、最先端の人工知能(AI)やセンサを搭載し、3次元画像処理、自己位置推定と環境地図作成を同時に行うSLAM、そして得られた情報を分析・解析する能力が世界最高レベルにあります。

 もう一つわかったことは、小型ロボットを土木構造物の維持管理に使う場合、開発には土木工学、土木技術者の知見や経験が不可欠であるということです。これはロボットの開発者、ロボット技術者の声でもあります。医師が医療用ロボットの開発に積極的に参加しているように、土木の専門家がロボット開発に力を注ぐようになればよいと考えています。

 以上、土木構造物のメンテナンスとロボットについて、経験に基づき普段考えていることを述べさせていただきました。大規模建設の時代には、シールドトンネル工事等、巨大な建設機械(ロボット)を使った日本の技術が世界をリードしていました。維持管理・更新の時代には、今度は、小型のロボットが土木の各所で活躍し、日本の技術が世界をリードするのではないかと感じています。

土木学会 第159回 論説・オピニオン(2020年8月版)


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