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建設DXのけん引役となる若手技術者の育成について

井上 昭生
論説委員
(株)大林組

第198回の論説・オピニオンにて学生時代からデジタル技術に関する知識やスキルの習得が望ましいと述べた。

これを受けて本稿では若手技術者、特に土木工学、社会環境工学、社会基盤工学等(以下、土木工学系)を専攻する学生がデジタルスキルの基礎知識を蓄積することの有効性について、建設現場を指揮管理するゼネコンに勤務する立場から私見を述べる。

現状を把握すべく筆者なりに外部発表されている、いくつかの大学のカリキュラムを覗いてみた。結果、微分積分学、線形代数学、構造力学、水理学、土質力学、コンクリート工学、都市計画等、筆者が学んだ約40年前とほぼ同じ科目が大半を占めていた。一部の大学には先端技術やi-Constructionというキーワードのつく科目があるが、多くの大学ではデジタル要素は読み取ることができない。

土木工学系の大学講義の多くは古典的で、残念ながらその内容では少なくともゼネコンの現場で勤務する上で活用できるシーンは少ない。建設現場の業務に必要な計算は、その解析的手法を背景として理解した上で行うものが大半であり、現場実務をより円滑に進めるためには現在の土木工学系の講義内容だけではその効果は限定的と筆者は考える。

建設現場における例として、構造物のコンクリート打設中の生コンの追加発注について考えてみる。この場合、打設済コンを除いた残りの打設範囲の平面積を計算し、さらに鉄筋棒等で測った未打設コンの平均残り厚さを乗じたうえで、ホース・配管等に残ってしまうコンクリートのロス率を考慮した生コン量を追加発注する。この四則演算で得られた数量は正解値ではないが、十分な精度で生コン打設作業を完遂できる。しかし、このアナログな計算方法も原理自体は大学のカリキュラムにある積分であり、昨今、流行の3Dレーザースキャナで取得した点群データから算出される生コンや土量の数量計算と同じ理屈である。残念ながら現在の建設現場ではここで話が終わってしまい発展性がない。

そこで、上述の生コン数量の計算結果に加えて、その属性情報(打設箇所の位置情報、日時、生コン配合、当日の天候等)をクラウドサービス上にアップロードすることでデジタル化(デジタイゼーション)して、情報共有および蓄積可能な状態とする。これらの情報をトリガーとしてプログラム化すれば、生コン発注の自動化(デジタライゼーション)に応用可能となる。さらにこれらの情報が多くの現場で長期間蓄積されてビッグデータとなった暁には、これまでは現場担当のベテランの属人的暗黙知であった多くの情報が多人数の知識や経験に基づく利活用可能な集合知となる。これに情報工学系の知識であるAIや数理モデル等を用いた解析を適用することで、建設現場をより円滑に進めるための、または完成した構造物の維持管理段階で必要とされる定量的根拠や情報へと繋がる。これこそ業務及びその内容を抜本的に改革(DX:デジタルトランスフォーメーション)し得る礎となるのではないか。

上記を実現するために大学等には、講義で教える従来からの土木工学系の知識に加えて、実現場で働く技術者の業務、クラウドからAIに至るまでの情報工学系の基礎知識を有機的につなげる役割を期待したい。微分積分を用いた土木工学を踏まえたうえで、現場をより円滑に進める正しい判断を支援するためのデジタルな方法の基礎や身近な事例などを届けることで、学生等が建設業界で活躍する姿をイメージさせてほしい。そのような考えに対して、実践の場として賛同、協力してくれる企業は多いと想像する。一方でデジタルネイティブと呼ばれる現代の学生諸君にも自身のデジタル知識が建設業界で活用できるシーンがある、ということを想定しながら講義を受けていただきたい。このような取組みがゆくゆくはICTやDX、そしてデジタルツインを活用した土木分野のイノベーティブな発展の礎となるのではないだろうか。

現状ゼネコンにも情報工学系のデジタル人材が参入し始めているが、土木技術者側にデジタルな基礎知識が不足しているため、情報のプロであるデジタル人材との会話がうまく成り立たないケースも散見される。両者がデジタルを介して融合した先にICTやDX、デジタルツインを真に活用した建設分野のイノベーションが生まれ、現場等での安全性や生産性が向上し、かつ建設業従事者の待遇が大きく改善し、就業希望者を増やすという正のスパイラルになる、と筆者は考える。

第206回 論説・オピニオン(2024年7月)


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/