インフラ建設DXに想うこと
井上 昭生
論説委員
(株)大林組
国土交通省が「建設現場の生産性を2025年度までに2割向上させることを目指す」取組みであるi-Construction(アイ・コンストラクション)を始めて、今年で8年目となる。
ここで、生産性という用語について改めて考えてみると「生産性」=「産出量」/「投入量」という形で表されるが、建設事業においてはこの生産性の明確な定義がない。そこで本稿においては、生産性を現代の建設現場に当てはめて、分子の「産出量」については、要求性能を満足する仕様の目的物であれば一定、分母の「投入量」については延労働者数と定義する。このとき、建設現場の生産性を向上させるためには、分母である延労働者数の削減、すなわち省人化が必須となる。
近年の建設現場では、i-Constructionの推進という流れの中で情報通信技術を活用した様々なツールやシステムが開発・実装されてきた。この結果、受発注者ともそれぞれの立場における作業や業務の効率化によって省人化を実現しようとしてきている。しかしながら、痒いところに手が届くほど各ツールが提供されておらず、依然として各現場における人員不足は継続しており、更なる取組みの推進のみならず、抜本的対策が必要と筆者は感じている。
そこで抜本的対策の一つとして近年、各方面で注目されているデジタルツインを深化させたサイバーフィジカルシステム(CPS)という技術に着目したい。デジタルツインとは、「インターネットに接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現すること」(総務省)とされているが、CPSはこのデジタルツインを活用することで、サイバー空間上でコンピュータによるモニタリングやシミュレーションを行い、さらにこれらのモニタリング等の結果を現実空間にフィードバックするシステムである。そして再度現実空間での変化をサイバー空間でのシミュレーションに反映させるサイクルを回し、モノづくりの仮説検証を高速で実施して、無駄を省く等の最適化を図るプロセスの実現が可能となる。
建設分野においては、上記デジタルツインやCPSに関する研究開発や現場実証が端緒についたところである。ある事業では、3次元レーザースキャナ等で計測した現場の3次元点群データと構造物の3次元設計データを一つのサイバー空間上に統合してデジタルツインを構成し、様々な場面で活用している。この中では既に、重機と架空線の干渉、あるいは土留めと地下埋設物との干渉に関する事前検討での有効性、発注者との協議や住民説明会等で活用することによる早期の合意形成といった効果が確認されており、受発注者両者の業務時間縮減という点で省人化に寄与している。さらに、これらの一部については、サイバー空間上での検討結果をもとに、実際の施工計画を見直すことによるフィードバックを実現しており、CPSに繋がる発展的取組みとなっている。
上記のような成功例がある一方、多くの課題もある。例えば、デジタルツインを構成するための3次元点群データや3次元設計モデルを専用のソフトウェアを用いて、サイバー空間上で思い通りに作成、編集するためには高度なスキルが必要となる。現状ではこのような高度なスキルを有する建設技術者は僅少であるため、現場等のニーズに合った精度やスピード感でデジタルツインを構築することは容易ではない。よって、デジタルツインやCPSを建設業界で有効に活用するためには、建設技術者のデジタルスキルの向上が必須であるが、社会に出てからのリスキリングでなく、学生時代からデジタル技術に関する知識やスキルの習得が可能な取組みも必要ではないだろうか。その結果、土木分野の専門性をもつ人材のみならず、多様な人材に門戸が広がることとなり、建設業界の魅力も再認識されるのではないか。
高精度なデジタルツインがニーズにマッチしたタイミングで構築可能となった先の更なる目標として、労働者目線での省人化に資する現場作業の自動・自律化の実現があげられる。現在でも自動・自律化の開発・実証が各所で行われているが、各工種のある一部分の作業に限定されたケースが多く、また法整備も不十分であり、生産性向上の足かせとなっていることが散見される。
道のりは長いが、更なる技術革新、技術者のデジタルスキル向上、そしてより一層の、また従来とは異なる形の官民連携により建設現場の生産性を向上させることによる、魅力ある建設業界のために、筆者はゼネコンの一技術者として努力していきたい。
第198回論説・オピニオン(2023年11月)
国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/