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2040年-2050年のインフラ整備 ー「塗り絵の世界」から「白地のキャンバスに絵を描く世界」へのパラダイムシフトー

大津 宏康
論説委員
松江工業高等専門学校

 インフラ整備は、マスタープラン策定後から供用に至るまでに長時間を要する。例えば、日本におけるインフラ整備の根幹をなす道路ネットワーク整備は、主に1988(昭和63)年に策定された第四次全国総合開発計画に基づき事業が進められてきた。それから30数年経過した現在では、いわゆるミッシングリンクと呼ばれる未整備区間が存在しているものの、かなり高い整備水準に到達している。また、海外の事例としてバンコク地下鉄建設事業を例に挙げると、マスタープラン決定(1975年)から、完成・供用(2004年)までにほぼ30年を要している。もちろん、マスタープランから供用に至るまでの期間は、案件により変動すると考えられるが、筆者の私見としてその期間は20-30年程度ではないかと考えている。このような観点から、タイトルに示すように2040年-2050年のインフラ整備を立案する上では、今がまさに将来ビジョンの議論を開始する時期であると認識するに至った。また、それに伴い、我々土木技術者、特に若手技術者は、以下に述べる「塗り絵の世界」から「白地のキャンバスに絵を描く世界」へのパラダイムシフトが必要であると着想した次第である。

 まず、「塗り絵の世界」とは、以下のように解説される。筆者は現在65歳であるが、我々の世代にとって日本におけるインフラ整備は先人が立案した計画を忠実に実施、すなわち「先人が描いた輪郭」の中に色を塗る作業(塗り絵)を継続してきたという見方もできる。しかし、その間にインフラ整備を取り巻く社会環境は急速に変化してきた。その事例としては、携帯電話に代表される通信技術革命、航空機製造の技術革新に伴うLCC革命、インバウンド需要急増、気候変動に伴う自然災害リスク増、そして現在の新型コロナ禍等が挙げられるであろう。もちろん、長期間を要するインフラ整備において不確実な将来の状況を予測することは困難であるが、上記の事項は昭和における各種マスタープラン策定時には想定されていなかった事項と推察される。

 一方、「白地のキャンバスに絵を描く世界」とは、従前のように輪郭線が描かれていない状況において、これから想定される社会情勢(例えば人口減少、デジタル技術の活用、社会多様性の担保等)を反映し新たなビジョンを立案することを総称するものであり、その概要は以下のように解説される。まず、将来ビジョンに関連して、2050年の社会情勢を考える上で唯一推定精度が高い情報は人口推計と考えられる。現状として、2019年の日本および東南アジアの人口が多い主要国の人口は、それぞれ日本1.27億人、インドネシア2.71億人、フィリピン1.08億人、ベトナム0.96億人である(Wikipediaより引用)。また、2018年の各国の平均年齢は、日本48.6歳、インドネシア31.1歳、フィリピン24.1歳、ベトナム31.9歳である(CIAホームページより引用)。このように、現状においても、日本ではすでに高齢化が進み、近い将来での労働人口の減少対策が不可欠であることは明らかである。そして、2050年は日本にとってエポックメーキングな年となる。すなわち、同年には日本の人口が0.97億人と1億人を下回るのに対して、インドネシア3.22億人、フィリピン1.48億人、ベトナム1.13億人となり、フィリピンおよびベトナムも日本を上回ることになる(国連統計より引用)。つまり、2050年に向けて人口減少下においてもいかに経済成長を維持するかという課題に直面することになる。何故ならば、日本は従来途上国との物価格差を利用し、原材料を輸入し加工貿易を行うことで経済を拡大させてきた背景がある。これに対して、2050年において人口逆転現象が起きるような状況では、日本の国際競争力の低下により国外からの原材料の調達ができない情勢を招く危険性がある。しかし、現状この課題に対する先人によって描かれた輪郭線は存在していない。したがって、我々土木技術者は将来を担う若手技術者とパラダイムシフトの必要性についての認識を共有するとともに、「2050年に向けての人口減少下においても経済成長を実現するためのインフラ整備とは」という課題に対して、自由な発想で議論する場を持つ時期にあると考える次第である。

土木学会 第160回 論説・オピニオン(2020年9月版)


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