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文系的知識習得の勧め

戸塚奈津子
論説委員
アジア開発銀行 中央・西アジア局

20数年間、途上国の開発援助のインフラ業務に携わる中で、土木技術者が経済、国際情勢、法律、社会学、歴史などのエンジニアリング以外の情報に広く目を向け、文系の知識、興味を持つことの重要性を強く感じてきた。社会配慮は言うまでもなく、インフラ整備は経済との関係無しに論ずることはできないし、開発援助の動向は世界経済と政治に影響されることもある。判断を誤らぬよう、「PPP」と小さな政府、「質の高いインフラ」と援助新興国の動向、などインフラ援助に関わるスローガンの裏にある経済的、政治的背景を多少なりとも理解しておかなければならない。インフラ事業での多様な分野の人材活用を考えると共に、案件の責任者として判断を下す立場である土木技術者自身が、文系的知識とセンスを持ち合わせている必要がある。

高校在学中に文系、理系クラスに分けられ、その後大学の土木工学科進学、就職、と経るにつれ、自分の周囲には興味や価値観が似通った人たちが多くなっていった。ある意味心地良くもあったが、怖くもあった。

現職に転職し、多様な経歴を持った専門家と働く機会を得たのは、貴重な経験であった。私と同様、インフラ案件を担当する土木技術者の他に、金融、経済、法律、医療、環境、農業、会計、租税等々、様々な分野の専門家が在籍している。

業務を通じて専門外の知識を得る機会もあるが、それ以上に、会食や立ち話が私にとって、広く浅く専門外の知識を得る絶好の機会だった。偶然会えば、それほど親しくない同僚とも会話する。思いがけない発見があることもよくあった。

しかし、在宅勤務で雑談が失われてしまった。マニラのコロナ感染拡大の影響で職場がほぼ封鎖状態となり、2020年3月中旬から在宅勤務が始まった。毎日パソコンの画面に向かい、メールとオンライン会議で業務をこなす日々が続いている。オンライン会議では、議題から外れた雑談はなかなかできない。在宅勤務の初期に感じたのは孤独感であったが、在宅勤務が長期になると、インフォーマルな情報収集の機会の喪失の方が痛手に感じるようになった。

昨今の制限のある生活で、自分の専門外の知識や、異なる考え方を持つ人々と会う機会が減ってしまったのは私だけでは無いであろう。大学生は他学部の学生と交流する機会が減ってしまっただろうし、移動制限・自粛は、遠方の人と会う機会を奪ってしまった。在宅勤務、オンラインでの会議は利点も多いことから、コロナ感染騒動後も「新しい生活様式」の一部として存続するであろう。そうなれば、偶然の雑談の機会はコロナ以前よりも減ってしまう。しかも、人との距離を保ち、外部との接触を制限するウイルス対策は人を内向き志向にしがちである。今後、我々の視野が狭くなる一方なのではないかと不安になる。

一方で、コロナ禍でも世界は確実に動いている。先進国が平均GDP比約20%のコロナ対策コストをかけている一方で、新興市場国のそれは約数%、低所得途上国で2%程度に留まっている(2020年6月15日時点。IMFデータ)。

先進国よりも途上国の方が、インフラ投資など、コロナ対策以外への投資が早く平常化する可能性がある。実際に、私の周囲でも多少の遅れは見られるが、途上国側のインフラ案件準備、実施は着々と進んでいる感がある。コロナ対策と言う国内問題に気を取られて内向き志向に陥っていると、大きな流れに取り残されてしまうかもしれない。時流を読み、ビジネスチャンスを逃さないためにも、経済などの文系的知識を持っておくことは非常に重要である。

偶然の雑談が減ったポストコロナの時代には、自分で相当意識して知識と視野を広げる機会を作っていかなければならない。どこまで専門外の分野の知識を獲得して、競争力を身に付けるか。土木技術者は技術以外にも勉強することがたくさんある。私自身に課せられた課題でもある。

土木学会 第163回 論説・オピニオン(2020年12月版)

#土木学会 #論説・オピニオン #インフラ #開発援助

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