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土木学会『論説・オピニオン』

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土木学会では、会員だけでなく広く一般社会に、土木に関わる多様な考え・判断を紹介し、議論を重ねる契機とすることを目的に、社会に対する土木技術者の責務として、社会基盤整備のあり方・重…
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記事一覧

危機的状況下にある博士課程人材の育成

楠見晴重 論説委員 関西大学 日本は2000年以降19人がノーベル賞を受賞しており、それは世界第3位であり、世界の科学技術分野の発展、かつ人類の進歩に貢献してきた。しかし、日本は今後とも世界に対して科学技術分野で貢献できるのか大いに疑問である。 近年大学院博士課程に進学する日本人の若者は激減している。2023年度の日本の博士課程の入学者は1万4382人、ピークの2003年度の1万8232人から21%減少した。社会人からの入学は同じ期間に52%増えているのに対し、修士課程か

突然の「来賓祝辞をお願いします」

木村嘉富 論説委員 一般財団法人橋梁調査会/土木学会新技術適用推進小委員会委員長 「続きまして、沼津河川国道事務所所長の木村様、ご祝辞をお願いします。」私が国土交通省の事務所長時代、ある事業推進のための大会に参加していたときの一場面である。地方の事務所長は、来賓祝辞を頼まれることもよくある。事前に依頼され、当日には事務所の担当者に準備してもらった祝辞を読むことが多い。この大会では来賓紹介のみと思っていたが、突然の来賓祝辞の指名であった。事前に原稿を準備しておらず、直前まで議

総合的、複合的な地方インフラの探求

斉藤 親 依頼論説 東日本旅客鉄道株式会社顧問 年明けから半年程、この間のわが国の人口動向に関する記事が印象に残る。1月総務省は、東京圏一極集中の更なる進展を、6月厚労省は、合計特殊出生率の更なる低下と東京都で初の1.0切りを報じた。 想定内とは言え、昨年の社人研の衝撃の発表「半世紀後の人口は現在の7割に減少」が脳裏に浮かび、特に地方で顕在化する人口減少時代の到来を再認識させられた。 一方、経済面では、人口減から逼迫が予想される人手不足の問題が報じられ、AIの早期汎用化

日本最長トンネルの現状と未来

今井 政人 論説委員 北海道旅客鉄道(株) 日本最長、世界でも第2位の長さを持つ青函トンネルは、国鉄分割民営化翌年の1988年に在来線として開業以来、36年間北海道と本州を結ぶ大動脈としての役割を果たしてきた。現在は北海道新幹線と在来線貨物列車が共用で走行し、合計で1日約70本の列車が行き交っている。それにより、年間で貨物約380万トンと旅客約160万人が天候に左右されず安定的に津軽海峡を往来することを可能とし、重要インフラとして機能を発揮している。 青函トンネルは、19

サーキュラーエコノミーへの道~最終処分場の必要性~

石井一英 論説委員 北海道大学大学院工学研究院 教授 1.サーキュラーエコノミーとは サーキュラーエコノミー(循環経済)とは、「従来の3R(Reduce, Reuse, Recycle)の取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動であり、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等をめざすもの」とある(環境省:令和3年度版 環境・循環型社会・生物多様性白書)。また、これまでの「原材

建設DXのけん引役となる若手技術者の育成について

井上 昭生 論説委員 (株)大林組 第198回の論説・オピニオンにて学生時代からデジタル技術に関する知識やスキルの習得が望ましいと述べた。 これを受けて本稿では若手技術者、特に土木工学、社会環境工学、社会基盤工学等(以下、土木工学系)を専攻する学生がデジタルスキルの基礎知識を蓄積することの有効性について、建設現場を指揮管理するゼネコンに勤務する立場から私見を述べる。 現状を把握すべく筆者なりに外部発表されている、いくつかの大学のカリキュラムを覗いてみた。結果、微分積分学

土木技術者の努力を学ぶ

穴見 健吾 論説委員 芝浦工業大学 先日、明石海峡大橋建設に挑んだ技術者たちを映したテレビ放映を視聴した。様々な問題に苦労しながら立ち向かい、新たな技術を作り出して前代未聞の大事業に挑んだ技術者たちの姿が非常に印象に残った。 挑戦の過程では失敗もありながら、それを克服していく様は、我々が学ぶべきところであると思うのと同時に、講義で学生に伝えている知識や技術が、このような技術者・研究者の努力の末に生まれてきているのだと再認識するところであった。 土木技術者の活躍の場は多岐

土木行政に関わり町長に

塚原 隆昭 依頼論説 島根県飯南町 町長 昨年、土木学会論説委員の木村嘉富さんとの再会があり、そのご縁で今回の執筆依頼を受けた。私と木村さんは島根県の松江工業高等専門学校土木工学科の同級生で、卒業後に木村さんは大学に編入、私は広島市で土木の行政職員となった。市役所時代には道路計画などの部署で2年間勤務したが、田舎の長男として両親からは地元へ帰ってきてほしいコールがあり、辞めて町役場で勤めることとなった。 町役場とは合併前の旧頓原町。現在は隣の旧赤来町と合併して、飯南町(平

社会インフラとしての「スマートエネルギーマネジメントシステム」の構築に向けて

浅野 浩志 依頼論説 東海国立大学機構 岐阜大学特任教授 内閣府プログラムディレクター 経年火力の休廃止等による電力需給のひっ迫や地政学的に不安定な国際情勢による燃料価格の高騰も踏まえ、リスクを分散するためにも既存の大規模エネルギーインフラを補完する形で、効率的かつ強靭な地域分散型のエネルギーインフラを導入することが望ましい。変動する再生可能エネルギーの出力を含むエネルギーの需給を予測・制御できるデジタル技術や水素・アンモニア等の新たなエネルギーキャリアの安全な利用等、技術

働く女性特有の健康課題に向けた具体的支援

吉田 穂波 依頼論説 神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科 土木学会の女性会員は2023/3/31時点で正会員の6.2%と、男性会員が多数派ではあるが、学会を挙げて女性活躍の環境づくりに10年以上取り組んできたと聞く。女性の健康支援は、男女問わず先進的な勤務継続支援や離職予防の基盤となる。女性特有の健康課題を抱えながら働いていることへの理解、休暇を取得しやすい労働環境の整備などは、土木学会のダイバーシティ構築につながるのみならず若手の活躍を推進することにも

スマートインフラマネジメントで未来を切り拓こう!

久田 真 依頼論説 インフラメンテナンス総合委員会・副委員長 /コンクリート委員会・常任委員 東北大学大学院工学研究科・教授 2024年は、1月1日に発生した能登地震による悲惨な災害の発生で幕を開けました。今般の地震で被害に遭われた皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げます。 当日、筆者宅に配達された某紙の新年特集では「日本反転」という特集が組まれていました。この特集では、経済力を示す1人あたりの名目GDP(国内総生産)が、2000年の段階では世界2位だったものの、

ポルトランドセメントの200年とこれから

小林孝一 論説委員会幹事長 岐阜大学・教授 何の断りもなく「セメント」と言う場合には、ポルトランドセメント(Portland cement)のことを指すことも多いが、2024年はイングランドのLeedsのJoseph Aspdin(ジョセフ・アスプディン)によって出願されたポルトランドセメントの特許が成立して200周年の節目に当たる。彼のセメントは現在のポルトランドセメントとは大幅に異なるものではあるが、その原型と製法を開発したことは賞賛されて然るべきであろう。我々の快適で

科学映像と土木

久米川 正好 依頼論説 明海大学 名誉教授 NPO法人科学映画館を支える会 理事長 私が骨の研究を始めたのは、48歳の時だった。1980年代、細胞レベルのメカニズムが不明な時代に骨の科学映画を撮っていた小林米作氏が、私を訪ねて来られたことから研究生活が大きく動いた。「科学映画の父」といわれた小林氏が、熱意をもって顕微鏡下の撮影を行った映画『The BONE』は、骨の形成を鮮明に示した作品で、国内外の学会で大きな反響があり、続編はメディキナーレ国際医学科学映画祭秀作賞・優秀撮

フェーズフリーなインフラマネジメント

土橋 浩 論説委員 一般財団法人首都高速道路 技術センター 副理事長 近年、構造物の高齢化にともなう劣化・損傷の増大に加え、少子・高齢化にともなう生産年齢人口の減少による担い手不足の懸念など、インフラを取り巻く環境は厳しさを増してきている。一方で、近年頻発する激甚災害、首都直下地震や南海・東南海トラフ地震などに対する防災・安全対策も重要な課題である。こうした状況のなか、インフラの維持管理では平常時と災害時の境界がなくなり、平常時の管理から災害時の対応までをシームレスに行うこ