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土木行政に関わり町長に

塚原 隆昭
依頼論説
島根県飯南町 町長

昨年、土木学会論説委員の木村嘉富さんとの再会があり、そのご縁で今回の執筆依頼を受けた。私と木村さんは島根県の松江工業高等専門学校土木工学科の同級生で、卒業後に木村さんは大学に編入、私は広島市で土木の行政職員となった。市役所時代には道路計画などの部署で2年間勤務したが、田舎の長男として両親からは地元へ帰ってきてほしいコールがあり、辞めて町役場で勤めることとなった。

町役場とは合併前の旧頓原町。現在は隣の旧赤来町と合併して、飯南町(平成17年)となっている。最初の勤務は建設課。町道改良の設計や災害復旧に携わったが、当時は直営で測量や設計を職員自ら行っていた。二年目の昭和61年7月に大きな豪雨災害が発生。その時に災害復旧を担当しており、昼は被災箇所での測量、夜はその成果を図面に起こして、復旧工法を選択し図化、積算、災害査定を受けるといった業務を延々とこなした。よくもそのような働き方ができていたと思うことがある。当時は河川災害の場合、自然護岸の被災箇所を間知ブロックで復旧する方法が殆どで、現在のような大型ブロックによる工法は無かったが、曲線カーブでも芸術的に間知ブロックを並べて積むことができる職人がおられた。今はそのような技術者もいなければ、そうした現場を見かけることがなくなり、寂しく思える。

町役場での二場所目は企画部署。ここで「平成のオロチ退治」、斐伊川神戸川治水事業・志津見ダム建設事業に携わることになる。島根県百年の大計として、今で言う流域治水事業である。

出典:島根県ホームページ

県都松江市が幾度の浸水被害に遭い、特に昭和47年の豪雨災害が引き金となり治水計画が決定された。上流部での二つのダム、中流部での放水路、下流部での宍道湖と中海を結ぶ大橋川河川改修を三点セットとして、国の直轄事業として進められた。私は神戸川の上流部に計画された志津見ダム対策の町の担当者として、主に移転者の方の生活再建や代替地の整備、ダム建設に関連する周辺整備事業などに約9年間携わった。社会人を通してこの仕事が一番印象深いし、県の基本計画から完成まで半世紀近い年月を費やしたダム建設事業に、国や県の職員、事業者の方と一緒になって関わらせてもらったことは私の大きな財産となっている。ダムという巨大構造物建設を通して、交渉や調整能力が培われたと感じている。

志津見ダムは治水が主な多目的ダムであり、普段は水の溜まっていない広大な土地の管理をどのように行うかが、当時から課題となっていた。担当者レベルで考案したのが、荒廃防止・景観保全・地域活性化を目的とし、買収した農地に花畑を創出し「東三瓶フラワーバレー」として管理する手法であった。平成3年度からスタートし、春はポピー、秋はコスモスと約100万本の色とりどりの広大な花畑が創出され、開花に併せてフラワーイベントを開催し、このイベントが今もなお続いており、地域の活性化につながっている。

左:東三瓶フラワーバレー|右上:志津見ダム(夏)|右下:志津見ダム(冬)

私は、職員から副町長を経て令和3年1月に飯南町長に就任した。コロナ禍での就任ということもあり、取り掛かりはコロナ感染症対策や、疲弊する地域経済や事業所を守ることであった。飯南町は中国山地のてっぺん、島根県東部の広島県との県境にあるまちで、スキー場もある。出雲大社に奉納する日本一の大しめ縄や、全国で2か所しかない2つ星の認定を受けている森林セラピー基地もあり、寒暖差が大きく食味の良い飯南米コシヒカリは首都圏でも取り扱っていただいている。また田舎暮らしの本(宝島社発行)2024年版「住みたい田舎ベストランキング」人口1万人未満の町村で、子育て世代が住みたいまち第1位にも選ばれており、少子化対策に全力で取り組んでいる。

また町内には「築立暗渠」という石造アーチ橋がある。先日、この暗渠は明治初期に当時の技術力を駆使して当地に整備されたものであるという研究成果を東京の研究者の方から伺った。気づくことが無かった土木構造物の地域資源再発見によるまちづくりも進めたい。

しかし、本町のような小規模自治体では、広島市のような大規模な自治体とは異なり、職員数が限られることから専任の土木技師を採用できない。一般行政職として採用し、建設課や産業振興課などの事業課へ配属し経験を積むことで技術力を高めていくが、数年すれば土木と関係のない他の部署へ異動となるのが実態である。専門知識の乏しい職員が道路橋梁の整備や水道管の耐震化工事などで特に高度なインフラ整備を行う際、土木学会会員からの専門的な指導や協力があると助かる。

最後に、中山間地域で暮らす我々にとって、土木事業者が傍にいてこそ日常生活が守られ、非常時でも助けてもらえるという安心感に感謝したい。

第204回 論説・オピニオン(2024年5月)



国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/