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土木技術者の努力を学ぶ

穴見 健吾
論説委員
芝浦工業大学

先日、明石海峡大橋建設に挑んだ技術者たちを映したテレビ放映を視聴した。様々な問題に苦労しながら立ち向かい、新たな技術を作り出して前代未聞の大事業に挑んだ技術者たちの姿が非常に印象に残った。

挑戦の過程では失敗もありながら、それを克服していく様は、我々が学ぶべきところであると思うのと同時に、講義で学生に伝えている知識や技術が、このような技術者・研究者の努力の末に生まれてきているのだと再認識するところであった。

土木技術者の活躍の場は多岐にわたる。私に近い分野においても、明石海峡大橋建設のような大事業もあれば、これまで多く経験してきた大地震や近年激増する自然災害などへの対応・対策にも技術者の方が従事されている。また、地道な日々の努力の側面を持つ社会基盤の維持管理なども忘れてはいけないものである。点検結果や診断・対策の膨大なデータは日々の努力の結晶である。私は道路橋や鉄道橋の管理者の維持管理の委員会や橋梁現場に訪れることも多く、管理する橋梁を健全に維持するために技術者の皆様が真摯に向き合われていることにいつも頭が下がる思いであるが、そのようにして集められた維持管理データを学び活かしていくことが、これから非常に重要だと考えている。これまでも、道路橋や鉄道橋の点検結果は管理者ごとに評価分析され、点検手法を含めた維持管理計画策定に利用されてきた。72万橋と言われる道路橋では5年に一度の定期点検が3巡目に入り、その点検により膨大な点検・対策結果が蓄積されており、今後も蓄積が進んでいく。近年では、全国の道路橋点検データを一括して公開していく取組みも行われている。このような新たな取組みで、より効率的で持続可能な維持管理体制に向けた課題やその解決策に関して、官・産・学協働での多面的な検討が加速されていくことを期待したい。

私の専門とする鋼橋の疲労損傷についても大きな問題となっている。古くは鉄道橋では疲労き裂が生じるが、車両重量の影響が相対的に小さい道路橋では疲労損傷が生じないと考えられてきた。しかし多くの道路橋での疲労損傷の発生報告を受け、道路橋示方書では2002年改訂版から疲労を考慮するように規定された。また、主には橋桁など上部工の疲労損傷に注目されてきたが、2000年頃からは鋼製の橋脚にも多くの疲労き裂が報告された。このような過去の経験則をくつがえすような大きな驚きの発見だけでなく、様々な課題に日々直面し、それらの課題を技術者たちが克服し、その後の維持管理や新たな構造物の設計施工に活かしてきている。一つの疲労き裂の補修対策の検討に非常に長く解析や実験も含めて検討を要した事例もあれば、時には補修対策がうまく行かず、疲労き裂が再発し、また新たな手法を検討してきたような事例もある。このような努力は土木学会の書籍などにも整理してまとめられているが、成功例・失敗例を問わず、結果だけでなく検討のアプローチや成功や失敗の要因などを学ぶことにより、今ある課題解決に繋げていくことが非常に有益であると考えている。もちろん、この鋼橋の疲労損傷には解決すべき課題も多く残されており、これを解決すべく技術者の努力は現在も続いており、私もその努力の一員となることで世の中に小さいながらも貢献できれば技術者・研究者として喜ばしいと考えている。

私は大学の講義では、橋梁に生じうる種々の損傷、劣化や、最悪のケースである落橋について事例を挙げて紹介することが多い。これらの現象に対して、原因やメカニズムについて説明するのは勿論であるが、それを克服してきた技術者の努力とその成果について、私の分かる範囲ではあるが説明するように努めている。これまで技術者の努力が多くの課題を解決してきたこと、一方で近年では橋梁の使用環境や地球環境、更には社会・経済環境の変化などにより、私の学生時代とは異なる問題も多く生じており、未だ解決できていないこと、また改善していく余地があることも多くあることを知ってほしいと考えている。学生に将来自分たちがそれらを解決していく技術者になる、なれるという意識を持ってもらえれば、私の講義も少しは役にたっているのかなと思う。

第205回 論説・オピニオン(2024年6月)



国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/