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172. 2022春 櫻坂46の今後の願い・・・

パフォーマーとしての評価」と「アイドルとしての人気

この二つが最高峰になるのがまさに櫻坂46の最終形態なのかもしれないと思います。

がしかし現状
ここにアンビバレント二律背反が存在します。

この先の櫻坂46がさらに進化して一体どんな形になるのか?
をあくまで個人的に思うことを考えたいと思います。


櫻坂46というグループを
パフォーマー目線

アイドル人気
それぞれを中心に考えてみたいと思います。


①パフォーマーとしての櫻坂46


欅坂時代からクールさ、生々しさ、切なさ・・・
そういったものを中心に表現してきました。

櫻坂に改名以降も
欅坂時代よりはカチコチになったものが緩んで自由になりましたが
こういった表現は受け継がれています。

さらにいえば欅坂時代に表現されまくった「アイドルらしくない」部分も
櫻坂に受け継がれていっています。
(今回の「五月雨よ」楽曲陣のようにアイドルらしくない曲ばかりではないですが・・・)
Nobody's fault」「BAN」「流れ弾」などの系譜を見れば分かります。


②人気アイドルグループとしての櫻坂46


櫻坂46に改名以降
そこ曲がったら、櫻坂?」をはじめ
バラエティにおけるメンバーの表情が朗らかになっていきました。

冠番組だけじゃなく情報番組にゲストで一人呼ばれ
アイドルらしい」仕事での活躍も増えてきました。

やはり絶対的人気といわれるグループというのは
幅広くたくさんの人に愛されている
ということになります。

それはつまり今まで歴代の方々が作り上げてきた
アイドルらしいアイドル」に近いからこそ
絶対的人気になっていく傾向があるのだと感じます。


・ここで一つの矛盾が生じた・・・


①のパフォーマーとしての櫻坂を優先すればするほど
櫻坂にしかない素晴らしい個性が仕上がっていきます。
が、一般的に幅広く人気が上がっていくか・・・
と言われれば難しい。


②の人気アイドルグループとしての櫻坂を優先すればするほど
認知をたくさんの人に幅広くしていくことが出来ますが、
パフォーマンスとしての個性は薄まっていく。


ambivalent about…


ambivalent about…


・どっちもGETできれば万々歳だが・・・


パフォーマーとしての表現力

アイドルとしての人気

どちらも最高峰なら何の文句もありません。

ですがむちゃくちゃ難しくてかなり厳しいと思います。

ましてや櫻坂46は器用じゃないからこそ
(そこが武器でもあるが)

二兎を追う者は一兎をも得ず

になってしまうのではないでしょうか?


・だったらいっそのこと


アイドル人気はあっても
自分たちにしかないアイデンティティを持つことが出来るグループは少ないと思います。
特に櫻坂は個性を作る方向を重視して欅坂から積み重ねてきました。

だからいっそのこと
パフォーマーとしての表現力を最優先にしてしまっていいのではないでしょうか。
アイドルとしての人気も確かに大事ですが
個性が薄まってしまう事態になるぐらいなら
人気アイドルグループへの投資は捨てちゃって良いのではないでしょうか?

・ファンを増やしていくには?という議論はよくあるが・・・


櫻坂46をどう人気グループにして
どうもっとたくさんの人に知ってもらうか?
という話がよくありますが
好きな人、波長が合う人にものすごい鋭角に刺さればそれでいいのではないだろうかと思います。

広く⇔狭く
浅く⇔深く
でいくと

狭く深くでいいのではと思います。
人数は少ないが、共感度の高い、熱量の高い、密度の濃い人がいれば
それでいいのではないだろうか?

だから櫻坂46がファンを増やしていくには?
といったことや
国民的アイドルになるには?
という議論もあるかもですが
そこまで重要ではない・・・

と個人的には感じます。

・個人的結論


私個人として
櫻坂46が表現していることは
人として大事なことであり、非常に基本的なことだと感じます。

だから国民的アイドルになってないのはおかしい・・・
と根本では思っているのですが
世の中のアイドルという常識から見たら異端なのだろうと思います。

ならば

ハマる人にはハマる。ハマらない人にはハマらない。

それでいいんじゃないのかなー?と


人気を最優先して取り組んでいくのではなく

自分達らしさを追及していった副産物
人気がついてきた。

そういう感覚で進化していってほしいなと
感じています。


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