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105. 自分のための聖地巡礼


ジョナサン杉並梅里店で

社会人大学 人見知り学部 卒業見込」を読む。

自分にとって最高過ぎる演出を一人で楽しんでいるのだが
他人にはたから見たら
「いやお前何してんだよ!寂しい奴だな!」
となるかもしれない。

でも自分にとってはこれ以上にない大興奮演出なのである。
わざわざ東京に来たからこそ楽しめるシチュエーションなのである。

何週間か前の「オードリーのオールナイトニッポン」で語っていた
若林さんが若手時代ネタ書くためによく来ていたというファミレス店。
そこでこのNOTE書いている。


15年ぐらい前、20代から30代前半の若林さんはここでどんな感情になりながらネタ書いてたんだろう?
社会に対するムカつき、諦めそういったものとどう向き合って生きてきたんだろうか?
今の自分の状況と比較し、心グッとくるところは自分の感情を整理する手本として、まるで分らない漢字を辞書で調べるかのように迷ったときは「社会人大学 人見知り学部 卒業見込」を開く。


最近「ナナメの夕暮れ」の文庫本が発売されたようで追記あとがきが気になっているところだが、同時にまだまだ自分にとって「ナナメの夕暮れ」はまだ遠いような気がしてくる。
30代後半ぐらいから等身大に近い共感で読めるのかな~と予測していたり。
だから今は「社会人大学 人見知り学部 卒業見込」を読んで
15年の差を埋められねえかな~とか思ったり。

まあ全然何の関係のない一般人なので遠い存在であるのは間違いないのですが・・・


「自分の胸を探ると、掴めるのはいつも過程だった。あれをあれだけやって、めんどくさかったし、大変だったけど、楽しかったな。完璧には出来なかったけど、自分なりにやったな。そんな単純な想いだけはいつも値が下がることなく胸に残っているのだ。『結果』はいつもそういう物の後にあとだしじゃんけんのようにやってきた」


「特別な才能がないから自己ベストを更新し続けるしかないという諦めは、僕にとって自信になった」


「この自信は『結果』がもたらす自信よりも信用できるものだった」 

(若林正恭著 完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込より)


まだまだ「結果」を出さなきゃ生きていけないと
自分で自分にプレッシャーをかけてしまう自分がいる。

それを感じる度に読み返す。

「どうか頼みますから焦らず自己ベスト更新に集中してください」
「周りが、他人がどうのじゃなく自分を大事にしてください」

そう自分を言い聞かせながら。

それでもこのままでいいのか?
と大波がやってくるから厄介なんだなこれが・・・

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