【第3話】極光を求めて(カナダ・イエローナイフ)
イエローナイフに着いてから一晩が明けた。目覚めた場所は、ホームレスの方々向けのシェルターだった。オーロラを求めて降り立ったこの街は、予想外の形で自分を迎えてくれた。
無事にAirbnbで予約した宿に着き、宿主のマルセラさんに出迎えてもらった。昨日の夜の出来事を話すと、「本当に大変だったね…」と慰めてくれた。それと同時に、ホームレスのシェルターで寝た旅人は初めてじゃないかな、と笑っていた。
マルセラさんからは、イエローナイフでの過ごし方について教えてもらった。
街にはスーパーマーケットが1つしかないこと。
A&Wには薬物をやっている人がよくいるので警官が見張りをしていること。
近くの湖は凍っていて、アイスロードと呼ばれていること。
街の端から端まで20分もあれば歩けてしまう規模なので、「観光」っぽいことはあまりできないことは分かっていた。日中はもちろんオーロラは見えないので、近くを散歩することにした。
平均マイナス20度という極寒。雪が結晶のまま残っていたり、ダイアモンドダスト現象が起こったり。今まで自分が見たことがない”日常”に、オーロラを見る前からワクワクが止まらなかった。
イエローナイフに滞在中は、常に天気予報と睨めっこをしていた。天気が良くなければ、雲に遮られてしまうオーロラは見ることができない。
それに加えて、太陽活動が活発なときでなければならない。
よく写真で見る、「空いっぱいに広がるオーロラ」は”オーロラ爆発”と呼ばれ、レベルを5段階にしたときの最大だそうだ。これを見ることができるかは、運に任せるしかなかった。
滞在期間は1週間。残念ながら、快晴の日はそこまで多くはなくて。旅の予算も限られていた僕は、ツアーに申し込めるのは良くて2日、だった。
イエローナイフという田舎町といえど、やはり街の中心部は光害があってなかなかオーロラを見ることは難しいらしく、郊外に向かうツアーに申し込むのが主流だった。
「いや、もしかしたら」と一抹の期待を持って、夜になって外に出てみると、雲はあるものの、雲間もあった。昼間に行ったアイスロード付近であれば少しは街から離れるので、そこへ向かった。
途中の道は本当に真っ暗で、物音ひとつしない。たまに、空気が凍りつくパリッとした音が聴こえてくるような、そんな静寂の道だった。
アイスロードに着き、三脚を引っ張り出してカメラを構える。
「ああ、少し雲が出てるなあ」
そう思いながらも、テスト撮影も兼ねて、空に向けてシャッターを切った。
すると、思っても見なかったものが写っていた。
「ん?」
撮れた写真を確認した時には、理解が追いつかなかった。
「オーロラが写ってる…?」
そこに写っていたのは、紛れもなく、今まで自分がインターネットで散々見てきた”オーロラ”の色。空にぐわんと広がる緑色だった。
気持ちの整理が追いつかない。
カメラの液晶に写る、緑色のオーロラ。
顔を上げ、目の前に広がるのは、もやっとした、薄いグレーの雲、っぽいなにか。
それが、”オーロラ”だと理解するまで、少し時間が掛かった。
自分も、カメラを始めて数年。少し知識はある。『オーロラは肉眼よりもレンズのフィルターを通すと鮮やかに写る』ことは知っていた。それでも。
目の前に広がる、薄い雲のようなものが、自分がずっと憧れてきた”オーロラ”だとは信じることができなかった。イエローナイフに着いてからというもの、予想外のことばっかりだ。
ずっと見たかった景色があった。空一面に広がる光のカーテン。
それが、これ。
なんだ、みんな「オーロラはすごい」と口を揃えて言うけれど、こんなもんなのか。今まで読んできた記事や投稿は嘘なのか、そう思った。
北極圏までわざわざ来て、この景色だ。インターネットに溢れている感動は「今更”しょぼかった”なんて言えないよな…」と、訪れた人たちの虚構と強がりでできたものなのか、と疑いたくなった。
けれど、目の前にオーロラがあるのは間違いない。僕はひたすらにシャッターを切った。写るのはさっきと同じような、緑色。ずっと撮り続けていたら気付かぬうちに本物の雲に覆われていたらしく、写真にはどんよりとしたグレーが写っていた。すっかり冷え切った三脚を折り畳んで、僕は宿へ戻った。足先は冷えていたし、感覚はほぼ無かった。
「オーロラは見えた?」
宿に戻ると、マルセラさんがコーヒーを片手に、ゆっくりと尋ねてきた。
「見えた…んですけど、あれは見えた、で良いのかな」
自分が見た景色を、拙い英語で伝えると、マルセラさんは言った。
「それはきっと”オーロラ爆発”じゃないからよ。もっと凄いのが見られることを願ってるわ」
そうか、あれは、最大ではないんだ。もっと、もっと、空を覆うような景色があるんだ。確かに、太陽活動の値を見ると、最大Lv10のうち、その夜はLv5だった。
予期せぬ形で、人生初のオーロラを目撃した僕は、ここからさらにオーロラ予報と睨めっこすることになる。
ツアー会社の吟味も始めた。日本発のツアーでよく組まれる会社にはしなかった。それらは、オーロラビレッジと呼ばれる場所で、あったかい炬燵に入って空を見上げるツアー。しかし、オーロラは生き物で、ほんの数秒で姿形を変えてしまう。ならば見られるチャンスが多い方がいい、とバンに乗ってオーロラのピークをひたすら追うツアー形式のところにした。
そこは少人数制の個人ツアーになるので、予約がすぐに埋まってしまう。天気予報を見て、なんとなく晴れそうな日に申し込みをした。当日、天気は曇り。日にちの変更ができないかダメ元で頼んでみると、快くOKしてくれた。
そして、リスケジュールしたツアーの当日。
天気は晴れ。太陽活動レベルは最大のLv10。
「今日ならきっと、大きいのが観られますよ」
バンを出してくれるオオツカさんからのメールに、心が踊った。
夜に備えて昼寝をして、体調を整える。
カメラのバッテリーも4つ、フル充電した。
光のカーテンに出会う準備は、万端だ。
【最終話へ続く】
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