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色好みの貴族、在原業平が小説に!

小説伊勢物語『業平』高樹のぶ子著、日本経済新聞出版刊。
2020年、「泉鏡花文学賞」の受賞作です。

「泉鏡花文学賞」は1973年に始まった、金沢市によって主宰される文学賞で、今年度で第48回。新人からベテランまで幅広い層の作家が受賞しています。
受賞作の中で私が読んだのは、金井美恵子『プラトン的恋愛』、澁澤龍彦『唐草物語』、倉橋由美子『アマノン国往還記』、丸谷才一『輝く日の宮』、小川洋子『ブラフマンの埋葬』、嵐山光三郎『悪党芭蕉』、夢枕獏『大江戸釣客伝』などなど。泉鏡花の名を冠するだけあって、ちょっと怪しい物語が多いかな?私好みですね。

『業平』はもちろん、伊勢物語の主人公と目される在原業平の物語。伊勢物語を下敷きに、作家の想像力をトッピングした王朝物語に仕上がっています。歌の訳っていうのはけっこう難しいんですが、実にすっきりと訳していらっしゃる。さすが。

 『万葉集』などの歌集を見ると、歌の前に説明がついていることがあります。その歌が詠まれたときの状況説明。これを「詞書(ことばがき)」と言います。『伊勢物語』をはじめとする「歌物語」は、この「詞書」が発展・成長したモノだと言われている。だから歌は物語の最後に置かれています。歌が物語を締める。
 
 『伊勢物語』の第一段はこんな話です。
 元服したばかりの男が、昔の都、春日のあたりに領地を持っていた。その地を訪れたところ、美しい姉妹がいる。男は姉妹の様子を垣間見て(つまり、覗いて)歌を詠む。
「春日野の 若紫の 摺り衣 しのぶの乱れ かぎり知られず」
(春日野に生える若紫のように美しいあなたたちに恋をしました。このしのぶ模様のように私の心は限りなく乱れています 訳・・・私)
これを自分が着ていた服の袖をちぎって書き付け、姉妹に贈った。
 
この歌は源融の有名な歌
「陸奥の しのぶもじずり 誰故に 乱れ初めにし 我ならなくに」
(陸奥特産の忍摺りの模様のように私の心は乱れている。いったい誰のせいでこうなったのか。私自身のせいではないのに 訳・・・私)
を元ネタにして詠んだものです。こういうやり方を「本歌取り」という。

 昔の人は若いころから風流だねえ。という感想が『伊勢物語』に書かれている。
 でも、そうか?風流か?
 私はこう思います。

 元服したばかりの男だから、そう、12、3才?こいつが姉妹に(お姉ちゃんと妹さんと、同時に二人に)エラくアグレッシブなやり方で歌を贈った。
しかもこの男、自分の領地(あるいは親父の領地かな?)でナンパしてる。姉妹はこの男が誰なのか、しっかりわかっているはずです。
で、肝心の歌は「本歌取り」に始まって、掛詞や縁語などあらん限りのテクニックを駆使している。がんばったなあ。

姉妹の側からすると、
「都からやってきた若様が、袖をちぎって歌を書き付けて贈ってきたわ。まあ、いろんな技を詠み込んだわねえ」
という感じでしょうか。

若い奴は型破りだなあ。ま、無茶は若者の特権だ。という感想を持った人もきっといたと思います。私もそう思う。

その他にもいろいろな「色好み」たちが登場します。女性も多いですよ。色好み。
ある女性は「彼氏が欲しいなあ」と思い、息子たちに嘘の夢物語をする。息子の一人が「それは良い夢だ。きっといい彼氏があらわれるでしょう」と言って、彼氏を探してあげる。いい息子さんだ。けど、母ちゃんが息子にさせることか?

 ある女性は言い寄ってきた男に、「いま、体にできものができちゃってるの。秋になったらお会いしましょう」と返事。会うことイコール関係を持つこと、の時代ならではの考え方です。クーラーがないから夏の暑い盛りの○○は辛かった?
 ところが、待望の秋になるころには、この女の兄が言い寄ってきた男を嫌って女を引っ越しさせちゃう。言い寄ってきた男は怒って、「天の逆手」を打って、女に呪いをかけようとする。

 「天の逆手」は「柏手」の逆らしいです。手の甲同士で打つ、自分の後頭部あたりで打つ、いやいや、手を背中に回して打つ。いろいろな説があります。やってみたんですが、手の甲はちょっと痛い。後頭部はまだしも、背中は無理。呪いをかけるのもたいへんだ。

もちろん、高樹のぶ子さんの『業平』は、在原業平を歌に生きた風流人として描き出しています。私の解釈はちょっとした遊び。でも、そんな遊びを許容してくれる(たぶん)のも古典の古典たるところです。

『伊勢物語』の現代語訳はいろいろと出ています。手近なところだと角川ソフィア文庫なんか、いいかな。

もちろん小説『業平』も、是非ご一読を。

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