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「鐙の安定」と、「拳の静定」 〜「上手に見える」乗り方

前々回、前回と、軽速歩の随伴をスムーズにするための座り方、立ち方を考えてきました。

 ここまでの練習で、とりあえず軽速歩が出来る、というくらいにはなっているはず(笑)だと思いますが、

それでもまだまだ色々と問題が多く、安定した気持ちの良い軽速歩、とまではいかないでしょう。


 おそらく、走っているうちにだんだん足の位置がズレて鐙が深くなってしまったり、拳が激しく上下に揺れて手綱もだんだん長くなったり、といったことが起こってくるのではないかと思います。


 そうして表面に現れた「症状」だけを見た指導者から、
「鐙をしっかり踏んで!」
「拳を動かさない!」
などと毎回のように指摘され、

なんとか気をつけようとはするもののなかなか治せない、とお悩みの方も多いのではないでしょうか。


 このような「症状」を改善するには、その目に見える現象だけを矯正しようとしてもダメで、
それが起こる原因となっていると考えられる、「ついやってしまいがちな動き」を見つけて修正する必要があります。


 例えば、鐙がだんだんズレて深くなる、という場合、そうなってしまうのは「踵を踏み下げる力が足りないから」などというように考えがちですが、

実はそうではなく、むしろ、踵を踏み下げて鐙を強く前方向に蹴り出すような力をかけることによって、腰を前に移動させる動きにブレーキをかけて妨げてしまうために、重心が馬の動きに置いていかれやすくなって、

ドスンと尻餅をつくような感じお尻に全体重がかかった瞬間に足が鐙から浮いて、再び踏み直す時に深く入ってしまう、

というようなメカニズムによって、そうした症状が現れてきたりするわけです。


 拳が揺れる、という場合も、

「手の位置が動いて見える」のを止めようとして、肘を脇にくっつけて固定したりすることで、

腕や拳の動きの独立性が失われ、体幹部の上下動によって拳も大きく動いてしまう、いうような感じになってしまっている方が多いように思います。


 ここではそのような、見るからに不安定で「初心者っぽい」軽速歩から、
少なくとも何となく「上手くなったように見える」(笑)ようになるための、
「身体の使い方の修正方法」について考えてみたいと思います。


 それではまず、「鐙の安定」というところから考えてみましょう。

 鐙が外れたり、ズレてしまうのは、簡単に言えば「鐙が踏めていないから」なのですが、

そもそもこの「鐙を踏めている」感覚というのが、初心者の方にはよくわからないのではないかと思います。

 鐙を確かに踏んでいる、という「踏み応え」を求めて、足に力を入れて強く鐙を踏もうとすると、

爪先立ちになって膝が浮き、かえって鐙がズレやすくなったり、
またそうならないようにと踵を踏み下げると、今度は重心が鐙よりも後ろに遅れて尻餅をついてしまうことでやっぱり鐙が外れたり、ということになります。

 鐙革で吊り下げられている鐙を同じ位置で安定して踏み続けるためには、常に鐙の真上から真っ直ぐに体重を落とし続けることが出来るような、「鐙に重心を載せたバランス」を保つ必要があります。


 つまり、「鐙を踏めている」状態というのは、強い力で「鐙を踏み込んでいる」のではなく、

馬の動きに遅れないように随伴の方向やタイミングを一致させ、常に「鐙に重心を載せる」ことが出来ている状態のことをいうのです。


 軽速歩で鐙を安定させる方法を考える場合、
立つ時にはとりあえず鐙に重心を載せることが出来ているわけですから、
そこから「座る時のバランス」を見直してみるのが良いと思います。


 足先で踏んだ鐙に重心を載せて座った状態を、

例えば「小さな踏み台の上に、相撲の『蹲踞(そんきょ)』のような姿勢でちょこんと載っている状態」というようにイメージした場合、

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軽速歩で鐙が前に行ってしまったり、尻餅をついてしまった状態というのは、
その踏み台を前に蹴飛ばして後ろに転落してしまうようなもの、と考えることが出来ます。


 踏み台の上から落っこちないように蹲踞のバランスを保ちながら立ったりしゃがんだりしているようなイメージで、
特に「座る時」に鐙に重心を載せたバランスを保つことを意識しながら動作を行なってみると、

 膝やふくらはぎで挟みつけて足を固定したりしなくても、鐙が前後に振れるようなことがなくなり、外れたりズレたりということもなくなってくるはずです。


 次に、「拳の静定」と、その感覚を体感出来るような稽古法について考えてみます。

 拳が動かないように、といっても、動いている馬の上に乗っているわけですから、実際に全く動かさないというのは不可能です。

 拳が動かない(ように見える)状態というのは、激しい動きの中でも「乗り手の拳と馬との位置関係が変わらない状態」と言い換えても良いかもしれません。

 馬が動けばその背中は前後上下左右に大きく揺れますから、緊張などによって乗り手の身体が固まってしまうと、馬の背の動きによって上体が大きく振られ、拳も激しく揺れ動くことになります。

 さらに同時に、馬の首も、前進に伴って前後に振れますから、乗り手の身体各部の動きが不十分だと、拳の動きと馬の頭の動きとがチグハグになって手綱の張りを一定に保つことが出来ず、馬の口とハミとが衝突を繰り返すような感じになります。

 運動時の馬と拳の位置関係を安定させ、手綱の張りを一定に保つためには、

まず乗り手の身体をリラックスさせて腰を馬の背の動きに合わせて柔らかく随伴させることで、姿勢を安定させるようにした上で、
拳の動きを体幹の随伴の動きから独立させて、馬の頭の動きに追随させてやる必要があります。

 そうすることで、傍目からは、騎手の拳が「動かないように見える」わけです。


 常歩や駈歩に比べると、速歩では馬の頭の動きは小さくなりますが、
馬の反撞や騎手自身の随伴の動きによって騎手の上体の上下動は結構激しくなりますから、
ここでもやはり腕の動きを体幹の動きから独立させて、肘の曲げ伸ばしによって上体の上下動分を相殺することで、拳の高さを安定させてやることが出来ます。

 そうすることにより、乗っている人の感覚としては腕を曲げ伸ばしして拳を「動かしている」にも関わらず、傍目には「拳が同じ高さに保持されているように見える」ことになるわけです。

 要するに、「拳の静定」を実現するためには、
騎手の拳の動きを体幹の動きから独立させることがポイントなのですが、
これを意識して行うのは初心者の方にはなかなか難しいことでしょう。


 ですので、まずは、それが「出来ている時の状態」を経験することで、身体でその感覚を覚えるための稽古法をひとつ、紹介したいと思います。


 それは、「拳を下に置いて乗ってみる」という方法です。

①まず、初めて軽速歩を習ったときの立つ練習のような感じで、鐙に立ってみます。

 身体の中でおへそが一番前、というくらいのつもりで腰を前に張り出し、膝の上に重心線を持ってくるようにして、「膝立ち」の姿勢のような感じで内腿辺りで体重を支えたバランスを取ります。


②そこから、やや脱力して膝や足首を折り曲げることで膝の位置をもう少し下げ、重心を落としてやると、

鞍の前にはみ出したゼッケンの端とか、馬の首の付け根あたりの部分に拳で触れることが出来るようになると思います。


③そうなったら、その部分に、手綱を握った拳の小指の第二関節辺りで軽く触れた状態をキープするようにしながら、座ったり立ったりの随伴動作を行なってみます。

 そうすると、ほとんどの方は、立った姿勢になると手が下に届きにくくなって、猫背の姿勢になってしまったりするのではないかと思います。

 さっきまで手を置くことが出来ていたはずの場所に手が届かなくなってしまうのは、
座ったところから立ち上がる際、鐙を足先で蹴ってしまうことで、重心が前に出るのではなく、真上に浮き上がってしまうからで、

そのことこそが正に、「軽速歩で拳が上下に揺れてしまう」という症状の原因なのです。

 拳で馬の首の付け根あたりに軽く触れた状態を維持しながら、立つ・座るの動作が出来るように練習することで、
拳を揺らさないように乗るための腕の独立性と、鐙を蹴らない、効率的な随伴の動きとを同時に養うことが出来ます。

 お尻を上げる際、鞍の前に置いた拳に軽く体重をかけて押し付けるような感じで腕を下に伸ばしつつ、かつ前屈みにならないように、上体を反らせるくらいのイメージでおへそを前に突き出し、内腿に体重をかけていくような意識でやってみると、拳が浮くこともなく、馬のスピードにもついて行きやすくなるでしょう。

 立っても座っても常に内腿や鐙に体重が載った「馬に遅れないバランス」を保てるようになってくると、

だんだん余計な力が抜けて、初めの頃に比べてゆっくり、小さな随伴の動きでも済むようになっていることに気づくはずです。

鐙や拳の位置が安定しているだけで、ずいぶん「上手に見える」ようになりますし、実際に、乗っている人自身の感覚的にもずいぶん楽になって、なんとなく上手になったような感じ(笑)が得られるのではないかと思いますので、


お悩みの方は是非、試してみて頂ければ幸いです。
(^^)


(上手に見えるようになるための練習方法として、こんなのもあります。↓)









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