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第八回 『上方舞』

京都芸術大学 2023年度 公開連続講座


第八回 「上方舞」

上方舞の講師は山村流の宗家、山村友五郎さんでした。
山村流は上方舞の流派の一つで、上方舞の中では最も古い流派です。ほかに、上方舞の流派では、井上流、楳茂都流、吉村流などがあります。

上方舞の大きな特徴の一つとして、「お座敷での舞」という前提があります。静かな、しっとりした舞が多く、なるべく埃がたたないように、たたみ一畳でも舞えるように工夫されてきました。そのような山村流の舞は、商家の子女のお稽古事としても心得られていたそうです。

「舞踊」という言葉は小説家の坪内逍遥が「dance」を日本語に訳す際、日本の「舞」と「踊り」を組み合わせて作った造語であるそうです。
舞とは、能や神楽に見られるような静かなもので、踊りは歌舞伎などに見られるような拍子に合わせてリズムよく動くものです。
私は、舞を基本とする山村流ではなく、拍子に合わせて踊るなかに舞の場面も含ませる花柳流の稽古場に通っていますが、「舞」の部分ではどちらの流派にも、独特の間合いが感じられます。

坪内逍遥は、その「舞」を「大和仮名の女文字」と書にたとえて評しました。
上方舞や京舞は、まさしく仮名のように女性的なもので、歌舞伎的な踊りにはどちらかといえば漢字、番付の文字のような感じがします。

力強く打ち込むのではなく、宙から紙へと引かれる仮名の線。
紙の上で線が途切れていても、なぜか、前の文字と次の文字の間に、線のつながりを見ることができます。
それゆえ、あらゆる文字は途切れることなく、なよやかにあらわれます。仮名は角が少ないことが特徴ですが、時々、鋭い線や太い線が出てきて、そのような線が仮名のなよやかさをより一層引き立て、心地よい抑揚が描き出されます。
仮名をしていると、私は文字を描いているのか、実は墨で、紙の白を描いているのではないか、とそのような気持ちになることがあります。

「舞」もそうです。舞手の指先は形から形へと動きますが、その間には「形」を繋げる「振り」があります。
振りは仮名で言うところの、文字と文字をつなぐ連綿線です。振りがあるために、一つ一つの形が途切れることなく、流麗な舞となってゆくのです。
舞っている人の体はもちろん動いているけれど、体を動かすだけでなく、周りの空気、空間をも動かしています。例えば、舞の中で拍子に合わせて足が鳴らされるとき、一瞬圧がかかります。が、圧がかかるからこそ、それがゆるまる心地よさを感じられるのだと思います。

舞が空間の動きを生みだすことは、つまり、筆が余白の白を描き出すことだともいえます。

講義の最後に、友五郎さんは「つるのこえ」という地唄舞を実演してくださいました。
白鼠の着流姿がすらりとし、二つのお扇子を持って舞われました。商家の子女たちが習っていたと聞く舞の所作は、聞いていた通りの柔らかさで、はらはらと儚くも、形(なり)には締まりがあり、お扇子がぱらぱらと開く音さえ心地よく聞こえました。友五郎さんのお辞儀の、手の揃え方や背中のまろやかさに、山村流の宗家が長らく女性であったことが感じられ、山村流、上方舞の歴史が感じられました。

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