現役大学生ラッパーが留年するまでの話・大学1年生編⑥

 ラップを始めたり。挫折したり。酒に溺れたり。恋をしたり。なんやかんやで当時の俺はクズなりに若さを転がして青春を謳歌していた。

 前期試験を乗り越えて夏休みが訪れサークルの合宿や学科の同期と愉快な時間を過ごすのだが本筋とは何も関係がないので割愛させて欲しい。

 時期はくだり2019年の秋になる。この時期に俺は舞鶴サイファーとの出会いという大きな転換点を迎える。

 木枯らしが吹くバイト帰り。曲作りも続けており少しマンネリを感じていた。何か刺激が欲しかったのだ。MCバトルも見ていてフリースタイルにも興味があったのでTwitterで「福岡 サイファー」と検索をする。

 画面をスクロールすると「今日サイファーします!」というツイートを見つける。すでに完成されている人間関係の中に飛び込むのは勇気がいるが思い切って舞鶴のアカウントにDMをする。

 改札を通る前に送ったDMは定期をポケットにしまう前に帰ってきた。返信の旨を読むとどうやら駅から数駅の距離でやっていた。地下鉄全線の定期に初めて感謝をした。これが俺と舞鶴の邂逅だった。正確にはアカウントの中身のSK-Dとのだが。

 いつもとは違う駅で降りて指定の場所に行くまでに色々と考える。実はサイファーをするのは人生で二回目だった。大学に入ってすぐの頃仲良くなったやつらと一度だけやったのだ。そのメンバーとは自然消滅ですぐにサイファーとの縁は遠のいた。ちなみにメンバーの中にはDJ RONもいた。

 「書く」のは得意でも「話す」のは苦手な俺がサイファーなんてという気持ちはあったが、新しい出会いへの期待が大きかった。どんな韻を踏もうか妄想するうちに現場に到着する。T.IのBring Em Outのビートで「あれだな」と確信する。

 そこにいたメンバーは4人。SK-D、p-kyle、勘太、松明(※敬称略)。最近舞鶴に遊び来る若い子たちは知らない古参メンバーである。挨拶をして輪に入る。思い返すとこの時が初めてラッパーという存在に出会った。

 自分以外に同年代のラッパーがいたんだという感動もそこそこにサイファーが再開する。

 結果から言うとサイファーのスピードに着いていくのがやっとでボロボロだった。8小節をまともに蹴ることができたかも怪しかったが思いの丈をビートにぶつけるのは楽しかったので良しと自分の中で納得した。

 サイファーと雑談のコンボで時間はあっという間に経過し終電の時間が差し迫っていた。脳みそをフル回転させて疲労感に包まれた俺はまた遊びに行く旨を伝えてその場を去った。

 振り返ると舞鶴との出会いが人生を大きく変えたなとしみじみ思う。

 こうして少しマンネリ化した俺の生活に「サイファー」という選択肢が入り込んだ。朝はサークルの稽古に行き、昼は授業を受け、夜はバイトかサイファーという生活が主になる。

 今では不定期で金曜夜9時からやっている舞鶴も俺が通い始めた頃は水曜金曜の週2回で開かれていた。

 水曜は福岡タワー前で金曜は舞鶴公園というサイクルの中でたくさんの出会いがあった。

 弦、喜一、KILLMELO、KKN、N.O.T、l+imeligt、kotaro(敬称略)などの古参メンバーの大体とはこの頃に出会った。

 中学高校とラップが好きな友達が出来た試しのない俺は初めて共通の話題で盛り上がれる相手が出来た。その頃はFSDや高校生ラップ選手権が盛り上がっていた時期でバトルの話や、普段自分の聞かないジャンルの音源の情報など沢山のことを話した。

 少し前まで舞鶴サイファーはトラップの集団と思われていたが、この頃かかるのはOZROのAREA AREAやDINARY DELTA FORCEのBED TOWN ANTHEMなど王道が多くの割合を占めていた。

 そして終電の30分前にはAREA AREAの10分間耐久を回して変えるのがお決まりで、クタクタで帰って朝5時に起きて大学に行く生活をしていた。打ち込めるものがあって健康なのか不健全なのかはどうでもよくてラップができることが何よりも楽しかったのだ。

 しかし表現者として避けて通れない道というのか。交流によって俺は自分のスキルは低いという見て見ぬ振りをしてきた事実に直面することになる。サイファーでのバトルはいつも一回戦負けで、曲のクオリティでも負けていると素直に思った。

 自分はラップが下手くそだという現実に対して俺はかなり凹んだ。正確には「なんで音楽でも優劣をつけられなきゃいけねぇんだよ」という憤りに近いと思う。

 どの世界で生きても普遍的に競争は避けられないし、比べられるのはどうしようもない事なのだが。自分のペースでラップをしていた俺は「初めて上には上がいる」状態を受け入れる度量は当時持ち合わせていなかった。

 それでも折れずに続いたのはラップが好きで、これを失ったらもう俺には何もないし離れたくないという気持ちが心の奥にあったからだと思う。でなければ寝る時間を削ってラップしようとはならないはずだ。

 ラップがなかったら本当のクズになっていたかもしれないのでサイファーを通じた出会いは俺の人生で何者にも変えられない宝物だと思う。いつか結婚式を挙げるときはあいつらに良い席を準備する予定だ(続く)


 

 


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