留年の起源

 留年とは進級や卒業がかなわず一定期間以上在学し続ける事を指す。その起源は秦の始皇帝の時代、王朝が永久に続くようあらゆる学問を研究し、対策を講じたたことに見られる。始皇帝はこの時間を止めれば永遠に権力が継続するとして、当時占星術の専門家の中でも特に秀でた留仁(りゅう・にん 前215~前259)という学者を重用した。留仁は占星術によって天体の動きから時間を研究し、どうすれば一つの治世を永続させられるかを試行錯誤したが時間が止まるはずもなく、この研究の事態を始皇帝に申し出たが、その要求は却下され、半ば強制的に文官としての働きを続けたことが今日において留年の事象の由来となったとされている。なお留年という言葉は東大の文学者の町江田体勢(まちえだたいせい 1859~1933)が留仁の故事になぞらえて作った造語である。

参考文献
1899『我が東大』町江田体勢 民名書房刊行
1996『欲か希望か?~権力者のまなざし~』民名書房刊行

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