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助動詞編(4) 《ごとし/ごとくなり/ごとくす》~漢文訓読のための古典文法


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 本企画で作成した活用表をpdfファイル化しました。適宜、ダウンロードやプリントアウト等をしてご活用下さい。

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1.《ごとし》

活用と接続

《ごとし/ごとくなり/ごとくす》の活用と接続

 《ごとし》は、漢字では《如》《若》か、再読文字《猶》(なほ~ごとし)に相当する助動詞で、意味としては単純明快、「~のようだ」と訳せば、大体それで行けます。

 しかし、他語との接続は複雑怪奇。
 まず、「~が(の)ごとし」と、助動詞なのに、前に《が》や《の》を挟むことが、半ば義務化しています。

 また、活用形が少なく、かといって補助活用があるわけでもないので、《ず》や《ん》などの重要な助動詞を続けることができません。そのため、《ごとくなり》や《ごとくす》といった派生語が生まれ、補助活用の代わりとなっています。

 以上の事情があるので、単に古文や訓読文を読むだけならサクッといくのですが、実際に訓読文を作るとなると、途端に難解になる、それが《ごとし》なのです。

 本記事も結局、他語との接続についての説明が主になるので、「ただ訓読を読むだけだよ」という方は、そんなに深入りしなくてよい内容となります。
 ただ、《ごとし》と《ごとくなり》の違いについて、参考書には書かれていないことにも踏み込んで述べていくので、興味のある方は、以下、お読みください。

意味

 「~のようだ」をベースに、必要に応じて「~と同じだ」「~の通りだ」などと訳しておけば、大抵はOK。
 ただ、「例示」という少し分かりにくい機能がたまに出てくるので、その例を挙げておきます

  • 由のごとや、其の死を得ざること然り
    ⇒由(人名)のような奴は、まともな死に方は出来ないぞ

  • 聖と仁のごとは、則ち吾豈に敢へてせんや
    ⇒聖と仁のようなこと、大胆にも私なぞが出来ようか。

《~がごとし》と《~のごとし》の使い分け

 《ごとし》は、動詞や名詞から直接続くのではなく、「~ごとし」「~ごとし」のように、上の語と続けるのに、《の》《が》を挟むことがほとんどです。
 このことについて漢文解釈辞典に記載があり、大雑把にまとめると、次のようになります。

  • 《是》《此》などと接続する場合は「かくごとし」

  • 体言と接続する場合は「~ごとし」
    「脱兎ごとし」「水ごとし」

  • 用言と接続する場合は「~(連体形)がごとし」
    「過ぐるごとし」「信ずるに足らざるごとし」

 これらの使い分けは、後述する《ごとくなり》《ごとくす》にも通用します。

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2.《ごとくなり》《ごとくす》

《ごとくなり》の登場

 本来の《ごとし》の活用は、

  • 未然形:○

  • 連用形:ごとく

  • 終止形:ごとし

  • 連体形:ごとき

  • 已然形:○

  • 命令形:○

となっており、未然形・已然形・命令形はありませんでした(注:未然形《ごとく》が認められるのは、かなり後になってからのことです)
 しかし、それだと種々の助動詞/助詞を続けることができず不便なので、平安時代頃に《ごとくなり》という語形が現われ、補助活用のように用いられました。

《ごとし/ごとくなり/ごとくす》の活用と接続

 以降、《ごとし》と《ごとくなり》が併用されていくのですが、それだけでなく、サ変動詞化した《ごとくす》や、存在しないはずの活用形を用いた「ごとからず」(未然形?)、「ごとければ」(已然形?)なども、結局(一部で)使われちゃうので、まさにカオスです。

 そこで、さしあたりは次の事(特に1)を押さえておけばよいかと。 

  1. 【未】ごとく(んば)~【用】ごとく~【終】ごとし~【体】ごとき の系列は最重要。

  2. 1の活用でカバーしきれない助動詞等を続ける場合は、《ごとくなり》や《ごとくす》を用いる。

  3. 1の活用に存在しない形を用いた「ごとからず」「ごとければ」等は、本来破格なのでテスト等では用いないのが無難。

 以下、《ごとくなり》や《ごとくす》の注意点について詳しく述べていきますが、発展的な話題だとご理解下さい。
 

《ごとし/ごとくなり/ごとくす》の使い分け

 これらの使い分けは微妙で、原漢文では区別の無いものを、訓読の際に訓読者の判断で読み分ける、ということになります。
 敢えて原則的なことを書くとするなら、次のようになるでしょうか。

  1. 能動的に「~のようにする」場合、《ごとくす》
    ※《ごとくす》の形になることもある

  2. 状態として「~のようである」場合

    • 《ごとし》の活用でカバーできるなら《ごとし》

    • そうでないなら《ごとくなり》

 ただ、これらは絶対的な規則ではありません。状態を表わす場合であっても《ごとくす》が使われることもあります。「ごとし」が使えるのに、「ごとくなり」と読んでいる場合もあります。
 結局、訓読者によって、文脈の取り方とか、語調の好みなどが違ってくるので、あまり気にし過ぎないのがよいです。

「ごときなり。」と「ごとくなり。」

 次に挙げるは、論語の一節「回也視予、猶父也」の訓読3通り。

  • 回やわれること、なほ、父のごとし
    :《ごとし》の終止形。《也》は置き字扱い。

  • 回や予を視ること、猶、父のごときなり
    :《ごとし》の連体形《ごとき》+《なり》

  • 回や予を視ること、猶、父のごとくなり
    :《ごとくなり》の終止形

 これらの訓読に、意味やニュアンスの違いはほとんど無いと考えてよいでしょう。それでは、どれを使うべきなのか。

 まず、せっかく文末に《也》があるのですから、必須ではないにせよ、やはり《なり》は付けたいので、「ごとし」はここでは除外。それでは残りの2つのうち、どちらか?

 辞書『漢辞海』および『新字源』(ios版)で様々な用例を検索したところ、「ごときなり」で統一されています。本来の連体形《ごとき》で説明がつくのも良い点なので、本企画では「ごときなり。」を標準として扱います。

 ただ、《ごとくなり》を誤りだとするつもりはありません。例えば、吉川幸次郎『論語』では、上の文を「ごとくなり」と読んでいます。

「ごとけん」について

 Z会テキストのpdfに次の記載があります。

反語の句法では、 「べし⇒べからん」 「ごとし⇒ごとからん」とせず に、「べけん・ごとけん」とする。 「無し」は「無からん・無けん」の 双方を用いる。

https://service.zkai.co.jp/ad/mihonK122018/81/ZLCAA1Z1A3.pdf


 《べけん》《無けん》は奈良時代の古い未然形《べけ》《無け》に《ん》のついた形と説明され、辞書・参考書にも載っているし、使用例も少なからず見ます。

 でも「ごとけ」が、《ごとし》の未然形の古形という話はきかないし、「ごとけん」を、最近の漢文書籍で実際に使われているのを見た記憶は無いかなあ。
 『精選版日本国語大辞典』によれば、平安期の漢文訓読では用いられていたそうですが、《べけん》《無けん》からの誤った類推ではないかと思います。

 個人的には、確実に正用と言い切れる「ごとくならん」「ごとくせん」をオススメしたいですね。

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3.特殊語形まとめ《無し》《ず》《べし》《ごとし》

 ここで、《無し》《ず》《べし》《ごとく》に現れる、特殊な語形が揃いましたので、まとめておきます。

特殊語形・まとめ

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訓読文法コンテンツ一覧

はじめに
●動詞編
(1)動詞の活用と接続(2)注意を要する動詞
形容詞編
●助動詞編
(1)る/らる/しむ(2)たり/り/き
(3)ん/べし(4)ごとし(5)なり/たり/形容動詞
●疑問文と連体形
●助詞編



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