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『フィッシュ・アイ・ドライブ』第9話:アキラのやんちゃな過去

 360スパイダーとの出会いは、フェラーリの正規ディーラーであるCORNESの青山ショールームであった。

 ベントレー、ランボルギーニ、フェラーリ、ロールス・ロイスと複数のブランドを体験できる場所は、青山をおいて他になかったから、最初からここで買うと決めていた。

 そこで、今の360スパイダーに一目惚れした。一択だった。試乗して、すぐにキャッシュで支払いを決めた。そこから、アキラの愛馬である、360スパイダーとの共同生活が始まる。

 アキラがそろそろ高級車を買いたいとなった時、ディーラーを紹介してくれたのが、先輩経営者である五島さんであった。

 五島さんは、アキラがヤンチャをしていた学生時代からの知り合いである。知り合いというより、当時、千葉最大のギャング組織「冥王(HARDES)」の二代目リーダーだった、アウトロー界で知らないものはいないビッグネームである。
 
 そんな五島さんは、ギャングからは足を洗い、かつてのギャング仲間を集めて、六本木や渋谷のクラブセキュリティの仕事を始め、ビジネスを成功させた。クラブセキュリティのみならず、フェスや格闘技イベントの警備、要人や芸能人の周辺警備などにも手を広げ、会社を大きくした。

 今は、総合格闘技のジムを経営したり、女性向けのフィットネスクラブを展開したりとさまざまな事業に手を広げている。
 
 アキラは、五島さん率いる「冥王(HARDES)」の幹部であった。五島さんがギャングの世界に身を引くとなったとき、アキラは三代目リーダーを託されたのだが、アキラもすぐに五島さんの背中を追いかけ、自分でビジネスを始めようと思った。

 五島さんの出資支援などもあり、アキラは人材派遣のベンチャー企業を立ち上げたのだ。アキラが送り込んでいた人材は、日本で働きたいと移住してきた中国人や中東系、南米系の外国人が中心で、日本人労働者と比べて安く送り込むができたので、建設業界や物流業界、飲食業界など人手不足が深刻化している業界でのニーズにこたえる形となり、売上を急速に伸ばすことができた。立ち上げた会社は、すぐに勢いづいた。

 上り調子だった会社は、上場を目指し、オフィスも虎ノ門ヒルズにかまえた。ところが、会社の経営陣の一人が、アキラの知らないところで、海外からの密航者をトラックで運び、不法滞在させるという仕事を請け負っていた。当然ながらクライアントは闇世界の人間たちである。

 アキラの会社の従業員が密航者を運搬している時、甲州街道で警察に捕まってしまう。2トントラックからは、五十人の外国人が出てきた。



 
 360スパイダーの思いで話をしているうちに、いつの間にかアキラは自分自身の過去を語り出していた。

 ほんの数時間、目を離していた隙に愛馬を失ったことは、当然ながら相当なショックであったようだ。しばらく茫然自失となり、駐車場で固まったように動けなくなってしまった。

 一度は、停めていた場所を勘違いしているだけだと思い、あちこちをうろうろして探し回ったのだが、やはり無いものは無い。

「ファック! ファック! ファック!」 

 アキラは、口から泡を飛ばしながら絶叫する。コンクリの柱に、自分の拳を何度も鉄槌打ちし、行き場のない怒りをぶつける。

「あんな高級車なのに、防犯していなかったわけ?」

「してるさ、ガチガチに。プロの仕業だろ、間違いなく」

 アキラは苛立ちをおさえられず、語気を荒げて吐き捨てる。

「警察に連絡する」とテンパるアキラを、希虹(のあ)は時間をかけて必死で説得した。

「今は絶対ダメ。わたしたちだって、警察に目をつけられているかもしれないのよ。今日わたしたちがやってきたこと思い出して」

「じゃあ、放っとけってのかよ!」

「落ち着いて考えよう。今日はもう遅いから、どっかに泊まろう」

 希虹の提案により、二人は、宿泊できる場所を探し、駅から少し離れたビジネスホテルに泊まることにした。

「勘違いしないでよ。少しでも手を出してきたら、わたし自分の舌噛んで死ぬからね」

 希虹はそうアキラに忠告する。

「言われなくても、そんな気分じゃねえよ」

 希虹にしてみれば、足を失ったことによって、明日からどうするか、計画をどう立て直すかを考えたいところであったが、目の前の男は、愛していた女を失った以上の喪失感と悲壮感に溢れていて、それどころではなかった。

 とてもじゃないが、口をきける状態でなったので、その間に希虹は先にシャワーを浴びることにし、一日の疲れと汚れを落とした。熱い湯を浴びながら、今日起きた出来事を振り返る。

 そういえば、樹里と千春はどうしているだろう、というのが気になり、あとでLINEが来ているかどうかチェックしようと思った。それに『熱帯夜』もどうなっているか。発砲があったのだ。警察も調査に入っているだろう。オーナーにはとんだ迷惑をかけることになってしまった。

 シャワーを浴び終えた希虹は、アキラがドンキで買ってきてくれた部屋着に着替えた。部屋に備え付けの冷蔵庫からコンビニで買ってきた缶ビールを二本取り出し、一本をアキラの前に差し出す。

 そこからだ。アキラが滔々と語りはじめたのは。一度口にし出したら止まらなくなってしまったようだ。

「そこで、オレの人生は詰み。会社がイケイケだった時、随分と派手に振舞っていたから、マスコミも一斉に叩いてきやがった。ギャングをやっていた時のこともほじくり返され、五島さんにも流れ弾がいってしまったよ。オレは五島さんに顔向けできない」

「ギャングって、どんな悪いことやってたのよ」

「喧嘩、抗争、かけ事、人身売買、ドラッグ・・」

「何それ、ヤクザと変わらないじゃん」

「まあ、変わらねえよ。五島さんやオレは足を洗えた人間だけど、ほとんどの連中はそういった極道予備軍みたいな連中さ。たいていのものが、スカウトされ、そっちの世界へと行っちまう。当時のオレたちは、千葉の一大勢力である「総龍会」って組にケツ持ちやってもらっていたからな。そっちとのパイプは絶大だ」

「あんた、見た目からはぜんぜんわからなかったけど、相当やんちゃな人間だったんだね。でも車の運転見てたらそうか。合点がいくわ」

「ああ、ドリフトな。昔は暇だったからさ。箱根にもよく行ってたよ。峠でレースしたり、人攫って山奥に捨ててきたり」

 アキラはそう言って苦笑する。

「もしかしたら、あんた喧嘩も強いの?」

「強いかどうかはわからんが、専門にはしていたよ。ギャングってのは、戦闘が基本にあってさ。同じ千葉や、東京、埼玉のギャング、チーマー、暴走族なんかと、毎日のようにやりあってたからな」

「まじか。なら、いざとなったら、あいつにも対抗できるわけね」

「バカいうな。あいつは道具持ってただろう。オレは今、堅気だ。道具なんかねえし、素手で渡り合えるわけねえだろ」

「それもそっか」

 おかしくなって、二人は互いに笑い合った。

「ところでさ、明日からどうする? リアルな話」

 ようやくアキラの方から、未来に向けての話を切り出してきた。

「そう、ちょっと考えたんだけど、いったんフェラーリはあきらめてさ、車借りよう。カーシェアでもなんでも。あんた金はたんまりあるんでしょ?」

「たんまりって・・・まあ、ないことはないけど。でも、360スパイダーは放置できねえよ。犯人見つけ出して、殺さないと気が収まらねえ」

 アキラはそう語りながら、窓の外を見るのだが、先ほどの悲壮感はなく、むしろ怒りと殺意が、めらめらと沸き立ってきてしまったようだ。

 希虹はそんなアキラの横顔を覗き込み、言葉をかける。

「ねえ。あんたあの車のこと、愛馬って言ってたよね?」

「ああ、オレにはたまらなく愛しい存在だ」

「戦国武将もさ、愛馬がいたわけ。名馬ってのはそれこそ高級車以上の存在よ。武田信玄なら「黒雲」、徳川家康は「白石」。上杉謙信は「放生月毛」、豊臣秀吉は「奥州黒」。織田信長なんかは、相当の馬マニアでさ、
「鬼葦毛」「小鹿毛」「大葦毛」「遠江鹿毛」「小雲雀」「河原毛」「大黒」・・数え上げたらきりがない」

 希虹が指折りしながら馬の名前を挙げていくと、アキラはぽかんとする。

「でね、馬っていうのは頭がよい生き物なものだからさ、戦場でもご主人様を助けることをしっかり認識していたらしいのよね。ご主人様がピンチになると、戦場から逃げて連れて帰ったり、ご主人様と離れても、また戻ってきたりって。つまりさ――」

「スパイダーも戻ってくる」

「そう、それが言いたかった。だから、あいつから逃げきれたら、また日常がやってくるから、そうなったときスパイダーはご主人様のところに戻ってくるって」

 希虹はもうひと押しだと思い、熱っぽく語る。

 アキラは、首を傾げ、少し考え込むようにしてから、「わかったよ」と首を振る。

「優先しないといけないことがあるな」

 希虹は「そう、その通り」と力強く頷くと、缶ビールを飲み干した。

「で、その日常に戻るために、何をすればいい? どこへ行けばいい? まさかあいつからずっと逃げ回るわけにもいかないだろう」

 希虹はようやくアキラが乗って来てくれたと確信し、椅子から立ち上がる。

「そう。わたしが行かなくちゃいけない場所がある。そこに行けば、あいつらは二度と私を追いかけることができなくなる」

「で、どこなんだよ」

 アキラは希虹を見上げながら、煙草に火を点ける。

「日の本」

「ひのもと?」

「そう。かつて日本の中心だった場所」

「どこ?」

「古の種族が興した、日本の本当の中心地」


続く

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